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月別アーカイブ: 11月 2009

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KindleのVersionUp

KindleがこっそりVersionUpしました。

①電池のもちが良くなった。
②PDFが見れるようになった。

知らない間にこっそり最新版にあがっていたみたいで、常時回線がつながっているとこういうことができるんだな。(って、うちの会社の製品みたい・・・)

ただ、画期的な改変かというと、そうでもないです。むしろ、マーケ向けのマイナーチェンジ。

①の電池を持たせますってどんなファームをいじると製品が向上するのかと考えてしまいますが、なんのことはない、SleepTimerの短縮です。
今まではボーっとしていても画面消えませんでしたが、新しいVersionになると、よそ見をしていると画面がSleepになります。 そうやって電池の持ちを長くしましたということかなと思います。(まあ、他にも色々とやっているかもしれないが、顕著なところは、こまめに切りましょう作戦。)

②も画期的じゃんと思ってためしてみたけど、いまいちです。
確かにpdfが見れるようになるのですが、”本当にそのまま”見えます。
ということは、小さな小さなKindleの画面にA4のページが入る形になるので、とても小さくなります。(横向きに設定できるので、そうすれば少し大きいです。)
ただ、可読性という意味では、従来のメールで変換してもらう方が全然よいです。
試しに論文をダウンロードして変換してみたら、pdf版は数式が細かくなりすぎて読めませんでした。
従来の方式も1手間ですが、思ったよりも簡単ですぐに変換されて戻ってくるので、従来方法の方がお勧め。(特に、私のように目がベテランのエンジニアには・・・)

さすがに、突然カラーになったりは難しそうだけど、ある日突然、日本語が使えるようになりました、はあるかもね。

サクラス戸塚 混んでましたね~

サクラス戸塚がOpenしたので、早速土曜日に行ってきました。
いや~混んでたです。

長後街道が混んでいることは想定していたので、戸塚警察の処から、矢沢の立体を下りて右折するルートだったのですが、それでもなかなか・・・
なんとか、入場できましたが、駐車場はむしろあいていた感じです。
戸塚の周辺は今、工事の真っ最中で道路整備も後手後手なので、何もしなくても渋滞しがちなのに、Open Saleを当て込んで、沢山客が押し掛けたのだから、大変。

結局ニトリで安くなっていた枕を買っただけで退散しました。
(一通り、ぐるぐる回りましたが)
なにしろ、食料品を買おうとしても、スーパーが入場制限しているのだから、落ち着いて買い物できないでしょ。
長後街道側は出るのに時間がかかるのが分かっていたので、(入る時も列ができていた)1号線側(お寺側の裏道)から出て、そのまま東海道線沿いに北上して、戸塚のダイエーで、引き続き買い物をしました。
そちらも、新装開店のNojimaは混んでいたが、他はそれほどでもなかった。

今日母親に聞いたら、さすがだね、Open当日に行ったらしい。
長後街道、バスが踊場から動かなくなって歩いたということですが、地下鉄を使うという発想がないのは、昔の人だね。
混み方も半端でなかったみたい。よくわからん肉をつかんで買ったらしい。

ただ、かつての西友が平たくなって、店の種類が半分ぐらいになった感じかな。
ニトリが戸塚にもできたと理解しましょう。
すぐに落ち着くでしょうが、そうすれば、食料品も買える大きな駐車場ができたぐらいの感じになるかな。

FM戸塚のブースのところから、戸塚駅方向を眺めると、工事中の西口の状況が丸見えで、そちらも面白かったです。 そうか、トツカーナになったのか・・・ と。

Kindle for PC ~こんな画期的なソフトが無償とは・・・

Kindle PCを早速 Installしました。

すごいです。

自分の購入したKindleの本を自分のPCにダウンロードして読むことができます。
しかも、今度はカラーです。
画面サイズを調整することもできます。1ページの文字数が調整されて表示されます。

しかも、複数のPCで利用することも可能です。
どこまで読んだかをKindleも含めてSyncするので、自宅のPCで読んで、通勤途中はKindleで読んで、会社のPCでも続きを読むということも可能です。

利用できるのは購入した書籍だけなので、新聞や、自分で登録した書類はKindleだけになります。

さらに、Kindleのコンテンツを購入することも可能ですが、まあ、それはWeb経由で行うのがよさそうです。

さすがに、画像まである書籍の場合はPCの方がきれいだし読みやすいです。
また、マウスのホイールで簡単にページを送ることができるので、PCの場合は、ほとんど書籍を手でパラパラとめくっている錯覚に陥ります。

感覚的には、PC側に電子化された書籍があり、それをKindleに入れて持ち歩けるという、iTunesとiPodの関係になっていますね。

Kindleは素晴らしいけれど、英語しかないことと、$表記でワンクリックで購入できてしまう手軽さが、どうしても財布のひもを(実際はクレジットのひも?)緩めやすい点が問題ですね・・・ って、意志の弱い私以外にどこに問題があるのかな・・・ OTZ

いやー面白かった・・・宇宙創成

昔から天文学や宇宙論は好きで色々と読んできたけれど、久しぶりに興奮する本に出会いました。

宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)
サイモン シン
新潮社

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サイモン・シンといえば、暗号とフェルマーの大定理の著作が有名で、内容も深いけれど、”読ませる”作家です。
今回は、文庫で上下2巻をかけての”宇宙論”です。

何もそこまで遡らなくてもという神話の頃からストーリーは始まります。

そして、最初のクライマックスが天動説と地動説をめぐるストーリーです。
普通、コペルニクスの地動説を引き継いだガリレオに対して頑迷固陋の教会が天動説を”聖書の記述”を基に弾圧した”事件”として簡略化されます。迷信と科学の対立図式によって”暗黒の中世”が強調するのです。 しかし、この本でわかることは、そんなに単純な話ではなかったということです。

プトレマイオスの天動説は複雑な円運動を組み合わせることで、”非常に精密な”計算により惑星運動などを計算できる”現実的”な手法で、地動説の方が、理念優先で分かりやすいが”不正確”な仮説として位置づけられていた、というのは驚きでもありました。(ケプラーが楕円を持ち出すまでは。) あの、小さな円を組み合わせた天体図には、そんな深い意味があったのか、と思いました。

サイモン・シンは、単に宇宙論の歴史を丁寧に記述して物語にまとめることもできたでありましょうが、
自分の考える宇宙論に沿って、全体を構成することを選んだようです。
それは、自然はよりシンプルで分かりやすい法則で構成されている、ということです。
いかに現実をより正確に記述できるテクニック、手法であっても、それが本質をとらえていないご都合主義的なものであれば、結局は間違っているというものです。
それは、アインシュタインの宇宙項の所でも繰り返し主張されています。
実態に合わないからといって、姑息な調整をすることで帳尻を合わせるのは、美しくなく、
”何故、合っていないか・・・”ということをトコトン突き詰めた者だけが次のステップに進めるという主張です。

そのためか、チコ・ブラーエからケプラーまでは詳細なエピソードを交えて時間軸通りに説明をしていますが、
突然、ニュートンをパスしてアインシュタインに跳びます。
ガリレオから光の速度、エーテルを経てアインシュタインに至り、そこからニュートンに戻るという形です。
(単純にニュートンが嫌いか、話としてつまらないと判断したかも知れませんが・・・)

本書のもう一つのテーマが宇宙論の歴史の再描画、緻密化です。
光の当たっていない本当に仕事をした人々に改めて光をあてることと、
いかに危うい偶然の連続で宇宙論が進んできたかという事実を積極的に記述しています。
この本を読めば、コペルニクスの著述が我々に残されたことが”奇跡”にさえ思えます。
また、宇宙の大きさを決める過程で多くのステップがあり、そのいくつかのステップで決定的な仕事をした人が、今では名前を知るものも少なく、評価される時には既にこの世にいなかったという多くの事実。また、女性や聴覚に障害があったがゆえに地道な作業に従事することになり、地味な仕事の先に決定的な観測事実を発見できたという事実を記述しています。
その歴史の再構成というプロセスは、今まで雲だと思われていた星雲を高精度の望遠鏡で観測したら、星の固まりの銀河であったということに似ています。

ただ、宇宙論の最後、ビックバンについては対象が専門的すぎたのか、まだ理論が固まっていないからなのか、切り口は甘く、曖昧となっています。
また、下巻の半分近くは、解説と用語の説明に費やされているので、実質は1.5冊です。
ただ、だからと言って、上巻だけ読んで終わりにできる人は居ないと思います。

記憶の不思議(サクラス戸塚Openに寄せて)

今週末、サクラス戸塚がオープンする。
知らないうちに、大きなショッピングモールができたものだ。
西口の再開発がまだ業者の入札・選定中なのに、どんどん建物ができつつあるという不安定な状態をさらしていて、毎朝その状況を湘南新宿ラインを待ちながら、見るとはなく観察している者としては意表を突かれた感じもする。
最近、派手なスポーツクラブの広告が目についたり、FM戸塚のオープンなど、戸塚関連の動きが活発になっていた背景に、これがあったのだなと納得した。


そういえば、戸塚の西友が閉めてかなりの時間が経って、その跡地を拡張する形で作り直したのが、今回のサクラス戸塚。 HomePageもできている。(ここ→ http://www.saclass-totsuka.jp/
ニトリも入るようだし、西武系から東急系になるので、無印良品は戻ってこないみたいだが、それなりに立ち寄ることになりそうだ。(最近、中田・元葛の口の商店街の衰退がひどいので、帰宅時の買い物ができなかったので、その解決にはなりそうだ・・・)


そこで、急に蘇ってきたのが西友戸塚店の”感覚”だった。


感覚 ・・・ そう、戸塚側の自転車置き場から上の場所に、階段とスロープを使って、自転車を押し上げたこと。 子供が生まれてすぐに、乳母車を押しながら乗った狭い、何故か1Fは外にあるエレベータ。今にも飛び出しそうな急ならせんを描く駐車場のスロープ。 閑散としてむき出しに近いフロアに荷物が積まれていた100円ショップと貴重な無印。そこで買った中国茶の香り。 開店の時の大混雑の中、もたれかかってマンガを読んでいた柱。トリコロール(?)で初めて食べた広東麺の味。親がなけなしの金をはたいて赤いピアノを買ってくれたので招待された古賀まり子のイベント(母親が興奮)。雑貨を販売している一角で何故かイベントをやっていた林家こん平の派手な衣装と燃えるような眼の輝き。お年玉をためて、口座をもって今に至る三井銀行とその後の名前の変遷。( 家のローンもあの2Fで締結したっけ・・・。)


うーん、自分の人生の一部が、あそこにあって、それが今、跡形もなくなってしまって、別のものに再生されるというのは、とっても不思議だ。


こんな、感触まで蘇ってくる”記憶”を新たに作るため、家族で近いうちにまた通うことにしよう。

二人のジョー

松井の周辺が騒がしい。
あれだけの活躍をしてしまったMVPを放出できるのか。
1-2年の契約で今年と同じ状態でキープしたいというのがNYの本当のところだろう。
逆にあれだけの打棒をライバルとして迎えたくはないはずだ。(多分、DHのあるア・リーグに移るだろうから→ ましてや、レッドソックスに移ったら、フェンウェイでどれだけ打つのだ松井は・・・)


今回の大爆発を信じていたのは、松井の真価を理解していたのはトーリのほうだ。
常に松井を頼って最後の最後に届かない年が何年も続いたあげくバイバイとなった。
そして、皮肉なもので、放出前提で”壊れてもらってもよい”とコメントをしたジラルディのほうが、勝利の美酒を浴びることになった。


その一方で、突然のミスター・オクトバーとなったA・ロッドの爆発といい、結果を出す、能力を引き出して勝利するという点では、ジラルディのほうが上だったということか。


今回もドジャースは勝てなかった。
短期決戦でチームを勝ちに導くという能力では、トーリには何か足らないものがあるのかなと思う。
それが、かつて、ベンチコーチを置いていた理由なのかも知れない。

そして、今回の松井のMVPを一番複雑な思いで見ていたのもトーリではないかと思うのだ。

それに、偶然にもどちらもジョーなんだな。 (城島も、真弓もジョーといわれるみたいだけど、それはまた別の話題)

新聞は端末で持ち歩く時代?

Kindleを使い始めて1週間。
未だにまともに英語の本は読めていないが、新聞はHerald Tribuneを購入することにした。

毎日、新しい記事に更新されている。それで気に入った記事を拾い読みをする。
ここのところ関心は(常に?)スポーツ、特に今はワールドシリーズ中なので、Yankees関連の記事をパラパラと読む。 他は見出しだけ確認。
なんとなく、今まで朝刊を取り込んで出勤前に読んでいたのと同じような行動が実現できていることに驚く。

毎日更新されるということは、気に入った記事を次の日に読み返すことができないということで、うかうかしているとみんな塗り替わってしまう。
ただ、よくしたもので、記事のクリッピングの機能があり、指定すれば記事を自分のクリッピングに保管ができる。

これって、新聞の切り抜きではないか!

新聞の場合、切り抜きは手間がかかり、しかも裏の記事は切り取られてしまう・・ということで、過去記事の検索サービスが有料であって結構利用されているが、”自分の切り抜き”を無料で簡単に作れてしまうというのは、実に驚きである。
最初から電子化されているわけで、情報の再利用、自分データベース化が効率よくできる時代がやってきているのだなと思う。

結局、人が届けていた情報が、電子網の発達によって超低コストで代替できるようになったということなんですな。
最近、テレビ局やラジオ局の弁当のグレードが落ちたとか、トイレのペーパータオルがなくなったという話が、ポロポロ出始めた。
自慢ではないが、急激に金回りが悪くなって倒れた会社にいた経験があるので、それって典型的な末期症状だな。そろそろやばいと思う。
新聞販売店も、到達時間0秒のおおむね無料というサービスに対抗できる有料サービスってほとんど考えられない。 Kindleや類似のサービスが日本語化されるまでの寿命かも知れない。(2年?)
かつて、CDの登場によって、超マイナー産業にレコード針の業界が転落したが、同じような状況に、あの大マスコミが陥っているということかな。

最近よく思うことだが、”基盤”とか”ゆるぎない”と思われている制度や人、組織といったものから先に壊れるように思う。
うちの会社も人の回転が速いが、えてしてこの人がという人から辞めていく。
平家物語ではないが、諸行無常の響きあり。 ということは、今乱世なのだな、きっと。

今は平成維新なのかな

今日、NHKで面白い番組をやっていた。
細川政権前後のドキュメンターリ。
今や政権与党の重鎮となった小沢一郎も含め、当時の政治家へのインタビューを中心に番組は構成されていた。(そうか、森喜朗が思いつきで村山首班を持ち出したのか・・)

結局自民党政治はなんだったのか、と思う。
アナロジーで考えると、世襲による体制維持、安定化を行っていたのだなと思う。
そう、それは、江戸の封建制度そのまま。

殿様を中心に家臣団が形成され、前例に従うことで安定した社会を構成する。代替わりにお家騒動をおこせば取りつぶされることもあるが、基本は血縁の殿様に世襲されて、下々には何も変化がない。
その結果が”馬鹿殿”の大量生産になってしまったけれど、安定した社会が続き、みんなそれなりに幸せな社会が江戸時代。

それを破壊して新しい政権が発足した以上、この世襲制が崩壊してその代わりに”勉強秀才”が登場したというのが明治維新。

その轍を踏むと考えると、”みなさん 勉強頑張りましょう”

情報の主役(誰が私の時間を占有するか)

明日(11/2)休むことで4連休です。
日曜の夜にゆとりがあってすごく良いですね。
ただ、1日休むことで、たまる仕事のことを考えると・・・ 忘れましょう。

Twitterでのつぶやきが携帯から楽にできるようになり(まだβ版ですが)、気軽になんでもアップできるようになりました。
さらに、GooではTwitterのつぶやきを毎日まとめられるようになったということで、一応実験的に設定しました。(まあ、Blogはまとまった意見、見解、文書で、Twitterは気分、なんでもありなので、そこの垣根をとるというのは、少し問題があるかなと思いつつ、まあ、Twitterもそんなに使ってないしと、自分を説得)

何回か投稿していますがKindleを購入したので、英語はこちらで読むようにしています。(君の場合は眺めているというの・・・はいそうです、すみません ^^;)
その一方で、PodCastでいくつかの番組(?)を登録しているので毎日の電車の通勤(朝)はPodCastの視聴で終わります。

相変わらず昼休みに本屋に立ち寄り衝動買いする生活は続いていますが、現実には物理的に本を読む時間が削られています。
その本にしても、Podcastの「新刊.jp」 で紹介された本を中心に購入しているので、本来読むべき本、考える時間がどんどん削られているのかなと反省をしています。

すでに、視界から新聞は消えてしまい、雑誌も文春が惰性で購入・木曜日の朝を占めていますが、徐々にPodcastにその場を奪われつつあります。
(ながらで読みながら、聞きながらはやりますが、結局その時どちらに神経が集中しているかで、片側の情報は遮断されます。)

結局、できることの数、Volumeは変わらない(むしろ年齢とともに減少している)なかで、色々な情報を提供するメディア、インフォーメーションパスが増大、複雑化するなかで、知らず知らずのうちに選別と交代がおきているのだなと思う。
そのなかでは、自分の能力を過信することなく、できることの限界を考えて、対象を絞るというのが大切だなと思う。
ただ、私の部屋を見ていただければ(見せたくないが)物事を絞り込んで他を捨てるというのがいかに苦手であるかわかると思う。

う~む、大変だ・・・

よくわからない展開に

松井が絶好調です。

ゲーム展開的にはヤンキースの楽勝で、A・ロッドがやっとワールドシリーズ舞い上がり症候群から脱却して、らしいビデオ判定によるホームランを打って流れを引き戻し、ペティットのタイムリーやらデーモンの決勝打など試合の形がほぼ決まったところで、ピッチャーへの代打で登場。 そこでヒットぐらいなら単なる好調でよいのですが、2アウトランナーなしという全くおいしくない状況で登場して、ホームランで駄目押しですから。(しかも外目のストレートを少し遅らし気味にバットを出して、レフトへのホームランという技ありの一打・・・)
まあ、ああ見えて慎重派のジラルディが松井スタメンのギャンブルをするとは思えないが(トーリであればすると思うが)。

初戦を打ち負かされて落としたが、あとは、守りも堅く、実にねちっこく、アウトを取りにくい一発もあるいやらしい打線のヤンキースペースになってますな。
ただ、第4戦にサバシアが投げるそうで、ヤンキースも余裕がないのが少し心配。
まだまだこれから。かりに明日ヤンキースが勝っても、リーを打ち崩せるのか。(Without Hidekiで・・・)

目を転じて日本でも、別メニューだったはずのダルビッシュが先発、好投して、1:1のタイになりました。 まあ、野村南海の頃から情報戦はパリーグのお家芸ですが、それにしても、ジャイアンツの選手、知らないのが増えたな~。

今年の傾向として、短期決戦で流れを失い、クローザーが打たれて試合を失って敗退というのが日米双方での定番になっているが、さすがに7回戦、逆に言えば3回は負けられる戦いは、一筋縄ではいかない展開ですね。
1週間強も期間があれば、リズムを維持するのが難しく、絶好調から失速も、逆に前半不振のリベンジも、可能ということなんですな。
そういったことを考えると、結局、強いほうが勝つようになっているのですね。

A・ロッドは復活してホームランを含めて活躍を始めているが、一方のフィリーズのハワードは1戦で活躍した以降、完全に抑え込まれている。(連続三振の山)
でも、まだ3試合しか終わっていない。これからの本番ですね。7回戦まで戦うと考えると、やっと折り返しですから。

誰が考えたか知らないが、7番勝負というのは、よくできていますな。
強い相手を4回倒さなければいけないというのはかなりハードルが高く、真のチャンプを決めるには十分な期間です。

今週はから来週にかけて、日米で熱い”横綱”対決が見られることの幸せを感じています。