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業界の将来

これでも、この業界で30年近く生きて生きている(我ながらすごいな・・・)ので、IT業界の将来について、自分の行く先を含めて、思い悩むことがある。

実は、IT業界というのは、業界としてのくくりが大きすぎるような気がしている。
例えば、製造業でくくって、その将来を論ずるような感じだ。

はっきり言えば、いわゆるIT業界の未来は暗い。
新しい技術が次々と出てきて、多くの人員が次々に投入されて、拡大・右肩上がりのバラ色の未来というのは、90年代ぐらいの話かな。
今は、世間以上のハイパーデフレが進行していて、労働単価もどんどん下がる一方。ハイパーデフレの時代

みんなが漠然と考えているIT業界で元気なのは、AppleやAmazonといった、ITの周辺業界。
しかも、海外のベンダーで、日本にはこれといった商売が無い。

既存の業務・案件はどんどん人が減らされて、大変になるばかりで、どんどん労働環境は厳しくなるばかり。 心身のケアを考えるのがマネージャーの仕事だったりする。(そのマネージャーが危なかったりする)

ただ、この業界の新陳代謝の早さは今にはじまったものではないし、駄目なら新しい分野でチャレンジすればよい。新しい分野は誰もやっていないのだから、今までの経験だって少しは競争優位に立てる要因になるのでは、と淡い期待をもっている。
一番の財産は、何が起きても驚かない(もっとすごいことの経験がある)ことかな。
体力をはじめ色々と落ちてきてはいるが、実際には結構やれるもんだと思うよ。
将棋の世界でも、勝率ボロボロ、引退間近のベテラン棋士も、得意のパターンに持ち込んだり、ここ一番に臨むと、結構トップに勝ったりするわけで、やはり生き残っている奴は、何かを持っている。

と、自分を慰めているが、気持ちだけでも若ければ、今までとは違う土壌での戦いがはじまっているのだから、これからはとても面白い時代に突入したのだと、少しわくわくしてみる。

実際、不安だと思っているのは、”従来の尺度”で未来をみた場合で、全く前提・競争のルールが変わってしまうのだから、心配は杞憂になる可能性が高い。
だから、基本的に未来については、ポジティブに考えている。

ただ、繰り返しになるが、人月を投入して稼ぐようなVolumeビジネスの時代が終わったことだけは確かで、より”本物”が問われる、質の競争に入ったのだ。 だから、IT業界の未来が暗いというのは、多分あっていると思う。
ということで、広い意味でのIT業界、情報と知恵・ノウハウをシステムとつなげて生かす業界はこれからも安泰・拡大に向かっていると思うのだ。

みんなが”ここが伸びる”という業界に身を投ずれば、それなりにうまく行った時代は終わりを迎えて、これからは、”自分にとってどういう仕事か”を考えないといけない時代がやってきたということだ。 自分で考えて、自分で行動して、責任もとる者だけが生き残るのだ。昔から本当はそうだっただが。

悪代官(殺処分によせて)

時代劇では、悪代官は正義を捻じ曲げて、袖の下を要求する利権に汚れた悪人だ。
”越後屋、そちも悪よの~”というセリフとともに、黄金色の餅を賄賂としてうけとる姿が典型として描かれている。(勧善懲悪の懲らしめるべき悪として・・・)

ところが、実際の悪代官(農民一揆の原因になった役人)というのは、実は、定められた規則を厳格に適用しようとした”真面目で融通がきかない”代官だったという話を聞いたことがある。
(とすると、まじめで職務に忠実な善人が悪代官なんだな、これが・・・)

元々、民に厳しく公に厚い税制になっていたのを、規則通り、きちんと”事情を考慮せず”法を適用した堅物が悪代官。 それにくらべて、下々の事情に通じて、規則は規則、でも・・・と柔軟に、悪く言えば目こぼしを率先しておこなったのが名代官で、その違いは、”大人の対応”ができるかの違いだったらしい。

特に、豊作が続いていればそれでもまだ良いが、天候不順で作柄が悪くなったりしたら、とたんに所定の税が収めれなくなり、”真面目に必要な税を徴収”した代官は血も涙もない、人民の敵になってしまう。

今回、宮崎で民間の種牛が殺処分になった。
どう考えてもこれは、”法に従わねばならない” という悪代官の所業に見える。
法を守るためには、一つの産業を窮地に追い込むことを是としているようにも見える。

今回の口蹄疫ではっきりしたことは、和牛における種牛の付加価値の高さだ。
日本全国のブランド牛が実は宮崎の種牛に多くを依存していたという構図が明らかになった。
松坂牛も近江牛も、多くは宮崎産の子牛を購入・育成していたという事実は意外でもあった。
少しでも、産業を保護するために種牛を確保するために動くのが、日本のあるべき農政だったと思う。
が、しかし、結局宮崎にはスーパー種牛といわれる数頭が残っただけだ。
産業としての和牛生産は崩壊に追い込まれたといえる。
(それで、今後安い外国産牛肉が入ってくるという外国におもねった策略だとしたら、頭が単純すぎると思うぞ)

今回は、超法規的に、例外として国が没収して、影響のない僻地に移動・隔離すればよかっただけの話だ。

それが、民間保有の種牛に対しては、”お国の命令を守らなかった”からという見せしめと、国と県のメンツ争いにレベルが落ちてしまったように思われる。

その結果、産業の基盤をたった数頭に集約することになり、多様性の観点からは極めて危険になったといえる。 (そうならないという、裏の事情・自信が一方ではあるのかなとも思うが)

東国原知事も情けない。 国に代執行させれば良かったのだ。
不正義は国にあると、後世の歴史家に問うという姿勢がなければならぬ。
今まで有効な手が打てていなかったのだが、最後もアリバイ闘争に終わった感じだ。

改めて考えてみると、今回の問題というのは、口蹄疫に対する法律の作り方が、ほとんど無価値の家畜を前提としていたために、法の適用があまりに大きな損失を発生させるということを想定していなかったのではないかと思う。
鶏何万羽というのに感覚がマヒしているかもしれないが、所詮は出荷して幾らという金額で保障ができるという前提で法律が作られているように思う。
ところが、その対象に、将来の和牛生産を担う”芸術品”が含まれていたために、大きな齟齬が発生したのだが、そこで行政の思考が停止してしまった感じだ。

良くはわからないが、損害賠償を本気で農家がした場合にどうなるのだろうか。
アメリカなら、敏腕弁護士が大挙して宮崎県の農家に押し掛けて、法廷闘争が開始されているに違いない。普通に考えても、1頭で数億の賠償金を請求することになると思われる。
(法律だからと言われれば、”その法律を作った”農林水産省や厚生労働省が訴えられる。)

本来、人が作る法律に完全はあり得ないのだから、そこで、起きた事態に”対応・適用”が求められて、それが政治の力だと思うのだが、今回は、結局、みんな規則を墨守するだけの悪代官ばかりだったのかなと思う。

思い返せば、日本がここまで良い国になってきたという近代史を振り返ってみると、国をリードする高級官僚のありかたに思いが至る。

密な人間関係を構築して常に落とし所を考えて、関係者のすり合わせをして絶妙なさじ加減ができるのが”上級”公務員というのが、日本的な官僚(公僕)のあるべき姿だった。
上級公務員というのは、そういった”人物”が評価されて、その更に上に、人間力に優れた政治家が君臨するというのが、戦後日本の政官のあるべき姿であり、ある程度は機能していたと思う。

それが、昭和が終わり平成にはいるころから段々とおかしくなってきている。

この話は、人物が揃っていた明治の御代は、制度の不備をうまくカバーして、日清・日露の大戦争を戦い抜き、一等国へ昇りつめた大日本帝国が、人物を失うことで制度的欠陥を露呈して、大破綻に陥った昭和の大敗北のストーリーと妙に似ているのが気になる。

ただ、軍隊は外国と戦って負けて解体という分かりやすい終末があったが、官僚組織の末路というのは、なにが起きるのだろうか。予測が難しい。
ただ、終末は近いと思うのだ。

そういえば、公務員が人気商売になって、いかにも”真面目な”お役人が増えるというのは、考えてみれば、悪代官をどんどん増やしていることになるのだな。
学生の就職先で人気になった企業・業種、東大生が多く行く会社は没落するという大法則があるが、今回も外れは無いように思われる。

中世の復活

何故古代が終わったのかはローマ史学の大テーマだが、経済的には自給自足が可能になった事が大きいと思われる。(必要に迫られて、自給自足になったとも言えるが)

今インターネットの普及とパソコンの発達によって一人の(知の)生産能力が非常に拡大している。

従来であれば組織と言う名の人間ピラミッドが必要であった仕事が、どんどん一人もしくは数人のチームで実現可能になった。
たとえるなら、オーケストラから室内楽に主力が移りつつあるのだ。
表面的には価格低下デフレとして現れているが、根本には人間組織の小粒化が進行しているのだと思う。

統一による市場と生産規模の拡大、流通・交通の整備に伴う行動範囲の拡大がもたらした古代の繁栄が、より低コストでエコな自給自足の循環型社会の中世に移行した様に、再び分権・地域主体の世の中がこれからやってくるのかも知れない。

英国と似たようなことになりました

参院選挙の開票が進んでいて、自民復活、民主退潮、みんな躍進 ということになりそうだ。
まあ、予想通りというか、不人気な現職法務大臣 千葉景子の落選があったぐらいで、想定通りのサプライズ無しの結果だった。(死刑廃止論者なら法務大臣を返上すれば良いのに、短なる不景気顔での職務怠慢にしか見えないのだから・・・)

与党は菅直人の”消費税自爆テロ”によって、過半数確保どころか、議席を大きく減らした形。
一方の野党自民党も、制度上有利な1人区での圧勝で盛り返したけれど、どうも信任されたというわけでもなさそう。
みんなの党が大きく伸びて第3党になりそう。

まあ、参議院なので、この結果が即政権の交代にはつながらないのだが、限りなく小選挙区制に近い選挙制度のもとで、第三極ができるというのは、イギリスに通じるものがある。

大英帝国をマネージするために政治的空白を許さないためという小選挙区制の隠れた狙いをあげるまでもなく、イギリスは短期間で組閣を実現した。
日本は、これから、国会運営のいきづまりが実際に起きてから、党内分裂を含めた政界再編にすすむことになりそう。
時間がものすごくかかるけれど、それもこれも国が安定していて、政治家に求められるものが少ない平和な日本だけに許される贅沢ということかな。

結構重要な選択だったと思うけれど、まあ、結果的にはどうでもよいことだったのかな。
メンツを潰された小沢の動きに要注意!

・・・どうでもよいが、谷亮子はなんとかならんのか・・・

大相撲の闇(組織が崩れる時)

最初は、朝青龍の引退に伴う、仕返し・組織間の暗闘かと思った。
朝青龍は人気のある横綱だったから、ダークサイドでのたにまちもいたはずで、引退に追い込まれたときに、売られたケンカを買った可能性もあるかと思われた。

ただ、最近、賭博容疑で名前があがるのが貴乃花一派であることがはっきりしたことで、理事選挙の遺恨の線も捨てがたくなってしまった。

いずれにしても、対立するグループの弱点を虎視眈々とつけ狙い、スキャンダルで潰すというのは、日本だけではなく、組織間での闘争ではよくある話だ。

貴乃花一派を一掃、地方にすぎない名古屋場所を1回謹慎でやり過ごせばうちらの勝ちというのことだったのだろう。
ところが、身内の論理に浸かっていると、周りが見えなくなる典型で、一度転がった雪だるまは想像以上に大きくなってしまい、今では相撲のありかたを問われる事態に及んでいる。

特に、名古屋場所の中継をNHKが”まさかの”中止(ダイジェストのみ)を決断するにあたり、ムードは完全に自粛モードに突入で、スポンサー相次ぐ撤退、さらに精神的なよりどころだった天皇賜杯の授与見直しにまで至った。 これは、大相撲が“国技ではない”宣言に等しい。
今まで、国技であることを利用して享受していた特権も今後はく奪されるに違いない。
収入も激減、場所も興味本位の一時的なピークはあるかも知れないが、普通にチケットがうれていないそうだ。

まあ、身内の賭博をちくれば、これぐらいの状況になりそうなことが冷静であればわかると思うのだが、その余裕もなかったということだね。それだけ、憎かったわけだ。

貴ノ花vs北の湖 で育った世代なので、大相撲が無くなってしまうとも思わないし、無くなってもらっても困るが、結局、今回表に出た問題点が最終的に解決するまでは、色々とありそうだ。

負けたい民主党

最初、鳩山さんが退陣して、参院選は民主圧勝のはずだったが、菅直人がわけのわからない形で消費税を持ち出して、支持率低迷をきたしている。

物事にはいろんな側面があるが、現執行部が無能でついKYで言っちゃったというのもありそうだ。
しかし、小沢のシナリオであれば、長期低迷していた民主党に起死回生を狙ってリーダーの首のすげ替えを実施。参院戦を通じて衆参での絶対的イニシアブルを確保できるということらしい。

それでは面白くない現執行部が“負けない”程度に負けて、小沢集権マシーンを終わりにしようとしている。
その一方で、小沢一郎は何が何でも目の黒いうちに自民党を崩壊に追い込んで再起不能にしたいと考えているようだ。

結局民主党が勝ってしまえば、準備をした小沢の功績ということになりそうだ。
かといって、薬が効きすぎて参議院が機能不全になることも望ましくない。

そこで、人気の無い”イメージ先行”の消費税増税を取り上げたということかもしれない。
まあ、魑魅魍魎の世界だから、何が真実かはわからないが。

次には、民主党が大勝できず、それでも小沢一派が選挙に勝ってきて、
責任・結果・路線の問題で解決せず、分裂を引きがねに政界再編成
(小沢・公明連合 対 自民・民主 とかになったりして・・)
いずれにしても、政府をあげて”盛り上がらない様に”努力している今回の参議院選挙ですが、
私は勿論投票に行きます。 (^^)v

異次元の戦い(ワールドカップ)

決勝まであと2試合になった。(唯一勝敗にこだわらない3位決定戦の中継がないのが納得いかないけれど。娯楽だけの試合をどうして流さないかな・・・)

準決勝でのスペインの戦いは異次元の戦いだった。
あのドイツが3つ以上パスが繋がらない。
スペインの読みとポジションと動きが良いため、最初にパスコースを制限されてしまい、パスが出ても、もうコースは無く、苦し紛れの精度の低いパスは、3-4人で囲みこんでいるスペインの守備網にひっかかってしまうという極めてロジカルなボール奪取の繰り返し。
一方スペインがボールを持つと、ポジショニングが良いために、複数のパスコースがあり、タッチの差なのだが、パスが通り、無理に飛び込むと簡単にドリブル、切り返しで抜かれてしまいピンチになってしまう。(そのため、途中から、ドイツ守備陣の積極性が失われるという悪魔の循環まで起きる始末。)
イニエスタに至っては、ドイツ守備陣が3-4人でがっちりマークしてもボールを失わず、その狭いパスコースを簡単に通してしまう。といって、パスコースに注意した瞬間にドリブル一閃、入れ替わって大ピンチとなるのだから、たちが悪い。 対面がレームだったから、猛威は”ボール保持”にとどまっていたが、守備の緩いアフリカ勢だったら大量点の状況だった。

特に、ゴール前の守備では違いが明らかだった。
ドイツはディフェンスが横一列に並んでしまい、その前のバイタルエリアでスペインをフリーにしていしまい、ちょっとボールを横に動かすだけでコースができて、危険なシュートを打たれていた。
一方スペインは、面での守備が機能していて、ドイツの攻撃は、スペイン守備陣の森の中でもがいても木(スペイン守備陣)に当たるだけで、効果的な崩しが皆無だった。(交代出場の選手がキーパーと1:1になったのが唯一のチャンス)

みんなアルゼンチンやイングランド、オーストラリアに4点もとって圧勝したドイツの攻撃力を過大評価していたようだ。基本ドイツはカウンターサッカーではまると強いがボールが取れないと打開が難しい。サイドのミュラーが居なかったことが攻撃に単調性につながったという分析もあるが、元々、イングランド戦での前半終了間際のバタバタといい、がっちり固められて先制されたセルビア戦といい、先行逃げ切り、弱い者いじめといった形で、実はゲルマン魂から一番遠いところに、いまのドイツ代表はある。マンガチックな例えだが、どんな相手でも必殺のクロスカウンターで沈める力がある矢吹丈が今のドイツの姿だ。(ドラマとしては面白いが、チャンピオンには今一ふさわしくないような・・・)

しかし、スペインにとっても、あのサッカーを7試合は続けられない。高い集中と運動量を続けて勝ち続けるのは物理的に無理だ。 ヨーロッパチャンピオンのチームを譲られたデルボスケ監督の最大の課題はそこにあったと思う。
不調のフェルナンドトーレスを使い続けた理由もそんなところにもあったのかも知れない。
(もちろん、復調して爆発する可能性もあるのだから、そちらを少しは期待しただろうが)
1次リーグから決勝トーナメント一回戦ぐらいまでは、バルセロナ風の高速パス交換を封印して、普通にポゼッションと固い守備で僅差勝ちで乗り切るというのが戦略だったのだろう。
結果、スイスの堅守の前に初戦を敗北するというのは流石に計算外だったろうが。

それにしても、レアルの監督だった人だけのことはある。 優勝するために最善のかたちを一番の強敵ドイツを相手にするまで温存するというとてつもない狸をやってのける。自分は前任者のシステムをいじりませんと無能で善良、平凡な監督を装って・・・。

そうなのだ。 どうも今回のワールドカップでは、1か月の大会を如何に勝ちぬくか、どう敵と”味方”をだますかという戦略についての分析がジャーナリズムを見る限り少ないと思う。
いやしくも、ワールドカップに出てくる代表監督が、そのレベルの考察なしにチームを率いているというのは考えにくい。(更に、我々が知りえないアンダーグランドでの情報戦、心理戦をしているはずだ。) もう少し、代表監督に対するレスペクトがあっても良いのではないかと思う。

あのマラドーナでさえ、きちんと対戦相手を分析して、最適な対策をうっている。
更に、その上に、チームメーキングに成功して、とても良いチームを作ったのだ。
ドイツとの対戦では分析と対策が外れて、逆に弱点を奇襲されての先制点が重くのしかかってしまい、ドイツ得意の戦場に引きずり込まれて最後はカウンターに沈んだわけだ。
今でも続投を支持しているアルゼンチン国民も単なるアイドルバカではない。みんながアルゼンチンチームが好きだったのだ。(わずかの差を不運と考えるか、能力の差と考えるかではあるが・・・)

その逆がドゥンガ。オランダ相手に別次元の前半を1-0で終わりながら、一番肝心な後半で規律が崩壊して逆転負け。規律を売り物にした代表監督が、一番力を発揮できるハーフタイムに”何を言えばこんな事態に陥るのか”という失態。実は、後半のプレーにしてからが、集中力の欠けたDFのプレーから入っている。そこにドゥンガの心理マネージャー・監督としての能力の限界を感じる。エマージンシー状況での対策の引き出しの少なさ、判断の甘さもある。 日本代表にドゥンガという声もあるが、私はNGだと思う。

話を戻そう。 デルボスケは優勝を狙って、7試合のプランを組んだ。
では、岡田Japanだが、ベスト4が目標だった。 ここで注意して欲しいのは準決勝進出が目標ということは、ベスト8での戦いに勝つまでが想定シナリオ。つまり、日本は5試合のプランを組んだはずだ。敗戦後、岡田さんがもう1試合このメンバーに戦わせてやりたかったというのは、情緒的なコメントではなく、”当初のプラン”と違ってしまった”懺悔”のセリフではないかと思う。
そうなのだ。彼我の実力差、StrongPointとWeekPointを分析して、のびしろを考慮して、到達可能な目標としてベスト4を”本気”で岡田監督は狙っていたのではないか。単なる気分やかっこいい目標設定のためだけにベスト4を掲げたのではない。緻密に分析した結果、ベスト4(準決勝進出)が実現可能だと考えたから、表明したのだと思う。
守備的なチームを作って善戦することぐらい、1998年のフランス大会で経験済みだ。
しかしベスト4となるとトーナメントで少なくとも2試合は勝たなければいけない。
そのためには、1次リーグで無失点記録を作ったスイスのようなディフェンスの強いチームや、北朝鮮に7点をとったポルトガルやスペイン、ドイツといったトップレベルの攻撃力のチームに終わってみて1点余計にとって試合をCloseしなければいけないわけだ。これは、普通に考えれば”あり得ない”目標・結果だ。極めてハードルは高い。(昨今の守備戦略の充実によって得点自体がとりにく状況なので、なおさらだ)
岡田Japanは、それだけの攻撃的なチームを作ることに準備期間のほとんどすべてが費やされたといえる。(柱に想定した俊輔が機能しない・劣化という想定外はあったが・・)
そして、結果的には岡田監督が考えていた攻撃的なシステムは発動することなく大会を去ることになったのだ。

思い出してほしい。 ジョホールバルの時、岡田監督は、FW二人を交換するという博打を売って、城の同点ヘッドを呼び込み、延長から岡野を投入することでフランスワールドカップの切符を引き寄せた。
今回の決勝トーナメント1回戦も、状況はほぼ一緒だ。(ゴールデンゴール方式で1点取れば終わりの延長戦といった違いがあるが・・・)
また、採った交代策もほぼ一緒だ。より一層、守備で立ち上がり、攻撃のメンバーを投入して延長で勝ちにいくというメッセージは明確だったと思う。
ただ、年齢かね、あの思い切りのよかった岡田さんが、今回は対応が遅れた。とった手段は適切だったと思うが、総てが後手後手だったと思う。
その結果、”疲労の蓄積”で、交代策が機能せず、PK戦に持ち込まれたわけだ。(後半から中村憲剛の投入があってもよかったし、FW投入は延長開始早々でよかったと今でも思う。)
そのあたりが、覚悟がたらなかったといった岡田監督の反省の言葉に表れているのかも知れない。
また、疲労のマネージメントということでは、決勝トーナメント1回戦というのが、ギリギリだったのかもしれない。(何しろ、ベスト16に他国で進出したのが初めてだったのだから)

今回、ベスト16でPK戦負けという経験をした。
しかし、はっきり言えば、これはドイツ大会で経験すべき内容だった。
コンディショニングの失敗で1次リーグ敗退というのは、やはり”何故ジーコ”だったのかということに行きつく。Jリーグを立ち上げたまでは素晴らしかったが、会長としては問題だったと思うぞ、川渕三郎は。

結局、日本はPKで負けた。 その結果、予定したいたはずの攻撃仕様の日本は実現することなく大会を去ることになった。
つくづく俊輔は運が無いと思う。
結局、当初のプラン通りマリノスに移籍が最初のタイミングで実現していればとか、エスパニョールの主将が顕在でパスサッカー中心のチームであればとか、大会前にねんざをしなければとか、ボールがジャブラニではなく今まで通りであればとか、レバタラのオンパレードだ。
どう考えても”ついていない”選手だった。

結果的に、岡田監督も、運気の落ちている俊輔をはずして、本田中心のチームを選択するなど、勝負師としての勘の良さもうかがえる。
ただ、終焉の試合が忌み嫌っていたTBSだったというのは、岡田監督も笑えない運命の皮肉だと思う。

そういえば、TBSを含めて岡田監督はメディアと冷戦状態だったが、TBSを筆頭にサッカーを潰しにかかっていたメディアの圧力を明確に意識していたのだと思う。
その一方で、代表監督の役割として選手を守り、作戦・情報を秘匿して、結果を手にするということがある。 ある時点で、メディアは有害であり、チームメンバーだけを、いかにサポートするかということに判断を固定して、それからは代表強化に専念したのではと思われる。
まあメディア対応含めてそれだけ本気だったと言うことなんだな。

考えてみれば、岡田監督はつまらない監督だ。
背伸びをすることもなく、できる範囲で、選手の今ある能力以上の戦闘力を引き出し、緊急事態に逃げることもなく、常に日本の救世主として結果を出し、攻撃を標榜しながら、結局は守備重視の良いチームを作って、ステップを1段1段着実にあがって、今は当初のプラン通り退任が予想される。

そんな岡田監督が、大好き。

ブルーレボリューション 青の衝撃(日本代表のベスト16に寄せて)

ワールドカップはベスト16が出そろった。(先ほど韓国が脱落して15になっているが・・・)

ざっと16カ国を見てみると、南米勢が全部生き残ったということがサプライズではあるが、なかなかすごい国が残っている。ヨーロッパは優勝候補に挙げられていたスペイン、オランダ、イングランド、ドイツ、ポルトガルにまさかのスロバキア。 北欧勢は全滅、東欧勢もスロバキアだけという結果に終わった。
あとは、アメリカ、メキシコにアフリカからガーナだけ、それに日韓という状況。
昔はボラ・ミルティノビッチの魔法ではないが、びっくりするような弱小国がベスト16に進んだものだが、今回は結果的に弱い国は無い。(フランスとイタリアが脱落したというのに・・・)

全体をみても、レベル以下だったのは北朝鮮だけで、あとは、簡単に勝てる相手は居なかった(フランス?)と言える。ほとんどの組が最終戦まで持ちこされて、どの試合も緊迫した良い試合が続いている。かつてのように、GLで調整してトーナメントから本番といった余裕のサッカー大国は無くなった。
確かに、ボールと高地と荒れたピッチでだらだら蹴り合いばかりの凡戦も多いけれど、それも含めて勝負としてはギリギリの戦いが連日繰り広げられている。

そんななか、日本戦を見慣れた目で、他の国の戦いを見たときに、軽い違和感を感じるようになった。
どの国も守備が甘いのだ。
ボールをもった相手にプレッシャーがかからず、止めるにはプロレスまがいのタックルを見舞ってファールで潰す。 (その結果、与えたフリーキックはホームラン。)

ところが、日本の場合はチャレンジをしないで2枚で挟み込んでパスコースを消してしまう。
基本がDelayだから、接触プレーも少ない。危険なエリアでシュートを打たれなければOKという守備。
苦し紛れのセンタリングはCB二人が前で競り勝ちこぼれ球をバランスされたMFが拾ってパスをつないでの速攻に切り替えて、厚みのある攻撃を実現している。
どちらかというと、相手にボールを持たせて、守備主導でコントロールをする逆ポゼッション重視の戦略に見える。
(かつて日本がアジアで対戦相手に採られた、専守防衛の固さを知っているので、相手を横パスばかりの中村俊輔に追い込む作戦といれば冗談が過ぎるか・・・)

その結果、日本は極めてファールの少ない”イエローカードで出場停止”のリスクも低い国になっている。

オランダが1974年にトータルフットボールで登場した時に、世界が驚いたのは流れるようなポジションチェンジによる攻撃の革命だったが、今回の日本は次から次から高い運動量で選手がわいてくるディフェンスで革命を起こそうとしているかも知れない。(目立たないけれど、実は・・・)

先ほど見たウルグアイの試合でも、1点で逃げ切りを図ろうとしてずるずる後退するばかりのディフェンスを採用、たまらずパワープレーで作られた隙を韓国に決められた。(そのあと、コーナーからギリギリのスーパーシュートが決まって勝ったのは流石だが・・・)

さすがにスタメンを変えないで第3戦を迎えたとき、だめだと思ったが、憲剛システムにへんこうすることなく、勝ち切ってしまった。先発固定でいけるとこまで行く作戦か?
新たに人を投入するのが間に合わないので目標をベスト4にしているとしたら、相当な策士だ。

先ほど韓国が雨の終焉(2002年の宮城の裏返し?)を迎え、オーストラリアが初戦の大コケで敗退と、日本が歩んできた道を続けているように見える。
そうやって長い期間でならせば、機会も平等ということだろうか。
この後、チョン・モンジュンが日本を勝たせないための審判買収をしないか心配ではあるが、あと少しの大会を楽しみたいと思う。

普天間は結局国内政治

菅直人が首相になった。

鳩山さんが5月末で解決するといっていた”最低でも県外”という公約を守れずに、支持率を下げて退陣となってしまった。

何故、5月だったのかといえば、社民党との連立の条件だったからということと、参院選にまにあうギリギリの期限だったからということだろう。
鳩山さんはなんと正直で愚かな政治家だったのだろうか。 宗教家でもこれほど純粋な人は少ないと思う。(宗教家云々は置いといて・・・)
良い人なので、色々と付け込まれて、結果的に言葉が軽くなり、約束を守れない人になってしまった。

元々、沖縄の海兵隊の抑止力だとか、普天間以外への移設といったことはそれほど大きな問題ではなかったのではないか。(沖縄米軍が居なくなるということと、海兵隊とは軍事的インパクトは大きく違う)→ しばらくすると、誰も取り上げなくなるに違いない。
腹案はどうやら、徳之島移転案だったようだ。 地元でも多数は実際には賛成だった(実は今でも?)らしい。すくなくとも、そういう報告があがって、それを”素直に”信じて進めたというのがことの成り行きらしい。 これは、前原が代表の時のメール事件と同じ構造で、民主党の体質というか、なんというか・・・。

元々、参議院対策で始めた3党連立だが、社民党は元々”理念”で硬直化している政党だから、連立を続けるのは無理があった。 その一方で、自民党と別れたい公明党が虎視眈々と政権復帰を狙っている。
少数政党の持っている参議院の4-5議席に振り回されている状況は異常だ。政治主導を掲げている以上、強固な政権基盤が必要というのは論をまたない。
民主と公明が手を握れば、本当の連立政権になる。情勢によって大勝できれば民主単独もできるが、すくなくとも、どこかで社民党とは手切れが必要で、そのための儀式が普天間だったのかなと思う。
また。流石に選挙を超えないと公明党は大ぴらに与党には返り咲けないだろう。
そのためのほとぼりさましが5月の解決という期限だったのではと思う。

ただ、役者は迫真の演技が必要で、その意味では鳩山さんは完ぺきな縁者だったといえる。
なにしろ、5月末まで連立を維持して、誠心誠意沖縄の問題に取り組んでいるように見せ続けることができたわけだから。

その一方で、連立解消に向けて、党内の左派、日教組支援部隊の排除を進めて、社民党の心を連立から巧妙に離れるようにしている。鳩山さんが最後に小林議員に辞職勧告を突き付けたのも、総仕上げに見える。
(そして、今度の参議院選挙はやや負けを食らって、輿石も退陣に追い込める。 → そして、公明党と手を結べば国会運営は楽になる。)

まあ、うがちすぎだと思うが、良くできたシナリオだ。
そして、一番重要なことは、なんだかんだいって民主中心の政権が続いて、”自民党”の政権担当能力の息の根を止めることができることが大きい。 (既に、有力者は逃げ出している。← 政党自体が借金まみれらしい)

本丸は官僚政治の破壊だろうが、まだまだ元気で強固なので、政官財の政治・自民党を壊滅させるのが早いということなのだろう。

既に、昔から官僚がつかってきた情報操作や強引な捜査などの行政手法にも綻びがでてきている。
どう考えても、今の膨大な借金の責任は自民党が1番、官僚が2番だから、いずれ責任を取らされることになると思う。既に、組織自体が歪んでいて、その重みで”モラルから”自壊を始めているように見える。
今、官僚・公務員が一番人気なので、就職の鉄則で当時一番人気がある業種は没落するというのがあるが、公務員もそれに当てはまるように思われる。

そうやって考えると、特別な時代を生きているのだなと思う。
ただ、自民党と非自民で人気投票をしていた昭和の時代に比べると、何が起こるか分かりにくい、ダイナミックで不安定な時代だなと改めて思う。

ただ23人のために ~岡田監督の戦い~

ドログバを壊してしまったのはとても恥ずかしいことだが、日本代表は順調にワールドカップの準備を進めているようだ。
報道もひどいし、洗脳されている輩が巷には沢山なので、ムードは史上最低の代表といった趣きだ。
ただ、そこまで弱いか?と思う。

岡田監督は、対戦相手と戦うまえに、日本協会と闘っているように見える。
・ベスト4を目標にするのは、少し達成が難しい目標を掲げるという意味で至極まともな目標設定だと思うが、それに対して4位で獲得する賞金を予算化するというのは”考えられない暴挙”である。
支援ではなく足を引っ張っている以外のなにものでもない。
・このチームの心臓は遠藤だが、全然ペースが上がってこない。どう考えても悲惨な日程の犠牲者だと思うが、その調整を協会がおこなっていたとは思えない。(むしろ、休ませない方向でノルマを課していないか疑う)
・岡田監督とTBSとの関係がこじれている。そもそも、TBSはサッカー関係の番組を滅茶苦茶にしたり、取り上げるときも意図的に悪い場面を選ぶなど、”野球脳”と揶揄されるほど、会社をあげてサッカーを潰そうとしている放送局である。その延長上に無礼なインタビューがあって、取材拒否があるのだから、協会は本来全面的に代表と代表監督を守るメディア対策が必要だが、それに取り組んでいるようには見えない。どちらかというと、契約を盾にとって、岡田監督を責める側にまわっている。
・オシムの継承を強いたこと。 監督招聘の時点でこれほど無礼なこともない。 一方では緊急事態だから、頼れるのはお前しかいない、と加茂の時と同じ方法をとって(あの時も、川渕だったらしいな~)、口説き落とし、その一方でオシムの継承、つまり規定路線を守らせて、ジーコ以来の代表監督選定の分析を許さず、情報操作の一環として代表監督の手足を縛る方策をとっている。 → オシムも結局、守られていたとはいえないが、なんとなくあの時の人選は正しかったというムードに持って行っている。

その延長線上に、韓国戦の連敗後の進退伺いがあると思う。 この時点で監督を更迭する度胸が無いことを見越して、”あなたも色々と言われますよ”と最大限の嫌味ですね。

もう、この時点になれば、どういうフォーメーションで来るのか、誰が先発するのか、どんな戦術で来るのか日本は全くわからない状況になっている。それこそが、”スカウティング”がしにくいとても良い状態にあると思うのは私だけだろうか。
(俊輔も本田も先発しない憲剛システムで来ると私はひそかに思っているが)

岡田さんは本気でベスト4を目指していると思うのですよ。 昔と違って、日本も代表をまとめてトレーニングする時間が限られるというジレンマに悩まされる、普通の国になったのだなと思う。
その中で、代表レベルでの共通理解の無い・弱いチームを率いて戦うのだから、育成やセレクションをする余裕はない。(元々2年しか時間がない)
層が薄いのだから、中澤が衰えてしまうことも、トゥーリオがディフェンスを覚えることが無いことも、二人がどちらかけがで使えなくなることも、総てリスクと捉えて、その賭けに打って出て、トゥーリオ以外は賭けに勝って本番を迎えることができそうだ。(その意味でも強運の持ち主)

また、このチームは実は得点が採れる攻撃的なチームに仕上がっている。
しかし、残念ながら、守備力は整備できなかった。 0-1で負けることより、 3-2で勝てる可能性にかけたチームと言える。
ただ、得点は偶然の要素が高い。完全に崩したシュートもポストを叩いてしまえば0点。つまり、このチームは幸運が普通以上に必要なのだ。
弱いチームが乱打戦・混戦に持ち込んで、終わってみればちょっとの幸福分だけ1点勝っているという弱者の戦略をとっていると思う。
ただ、玉砕覚悟で全力を出しつくすというのは、日本人らしい(かつての?)と思うし、見る側からはきっと、面白い(たとえ負けても)試合の連続になると思う。

そして、岡田監督は、帯同している23名の日本代表だけに目を向けた戦いを今続けている。