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世界の岐路

ここ数日、主にUSAで起きていることはどちらに転ぶにしても世界歴史の分岐点になりそうだ。

トランプ側が軍を動かして勝利するにしても、ディープステート側の情報封鎖が成功するにしても、世界は今までとは違ったものになる。

DS側が勝利すれば(とは思えないし、思いたくもないが)、世界は中共もしくは同様の支配者による圧政が待っている。 現職の大統領の言論まで封鎖されるのだ。誰も本当のことを言えない社会がやってくる。

トランプが勝利すれば、世界の景色が一変する。 権力者やリーダーといった人たちが排除され、富と権力を不正と等価交換をした人々がその正体を暴かれて、追放される。

それにしても、考えられないほど膨大で組織ごと腐っている姿に唖然としている。 どれだけ多くの人と資金が投入されてきたのか。それほど中共に力があったのか、と思ったが多分それは違うのだろう。今の中共を育てたのはキッシンジャーを代表とするDSであったことを見ると、DS側のほうが主で、中共さえも道具だったのかも知れない。

しかし、トランプ人気の凄まじさ。 通常の不正では間に合わないために無理をしてボロを出し、次々と最終兵器・禁じ手を出させることになった。下品で何をするか分からないという言動とスタイルとは裏腹の堅実で適切な施策の数々。忍耐強く、結局4年で一度も戦争をしなかった平和的な大統領になった。

ガセかも知れないがローマ教皇逮捕という情報も流れた。
今の教皇は偽ペテロであり、教皇の系譜が終わることがマラキの予言にあったことを思い出した。

今は見えない第三次世界大戦の真っ只中という話もあったな。

後世、ミンスク会談と呼ばれるのか

今ウクライナについてベラルーシのミンスクで4者会談が行われている。
ミュンヘン会談を連想する人も多いのではないか。

そういえば、ヒトラーのベルリンオリンピック、プーチンのソチオリンピックをアナロジーにつかえそうだ。

ただ、あの時当事者のチェコスロバキアは席に就けなかったのと、
一番の主役アメリカが不在というのが違う所か。
おお、そうだ、当時もソ連が呼ばれていなかったが、参加国の頭文字を並べ替えるとスターリンとなったのは、有名な偶然だ。

ウクライナ自体が現政権がクーデターで成立した政権であることも、大きな違いだな。

ただ、ソビエト崩壊時の核の廃棄から含めて、複雑な約束のもつれ合いが話をややこしくしている点は、むしろ第1次世界大戦の発端、バルカンと事情が似てきている。

いずれにしても、油断ならない。

言葉狩り

こんなリンクがあった
放送禁止とかになったCM集【1953~2014】

字幕をオンにすると、なぜ放送禁止になったか理由がわかる様になっている。

まあ、どうでもよいことにクレームしたもの勝ちになっている。
事件発生など時期的なものもあるけれど、細かくチェックしている人がいることに驚く。

世の中が進んできて、色々めんどくさくなって、面白くなくなっていき衰退するのだなと、改めて思う。

世界大戦について

第1次世界大戦から100年。

第2次世界大戦は第1次の歪みから発生した面があるので、特にヨーロッパにとっては世界大戦といえば第1次の方。
それまで、帝国主義全盛で世界を支配していた列強、各帝国が、疲弊し転落する要因になった戦争だが、なぜこんな大戦争になってしまったのかという疑問がずーっとある。

自分なりに整理すれば、偶然、勢力が均衡してしまったから というのが答えだと思う。

経済においては自分の金を掛ける株式など市場の分析が一番正確だと言われる様に、自分の命をかけている軍隊が一番戦力について正確な分析をしていると思う。
そのため、大概は戦う前に勝負がつき、外交的な取引が成立する。
また、実際に戦争が始まっても、短期間で勝敗が決して、外交の手段としての戦争というクラウゼビッツ流の戦争観が支配する世界だった。

ところが、第1次世界大戦は、セルビア < オーストリア < ロシア < ドイツ という軍事力の優劣順位に対して、英仏が加わってもドイツを簡単に凌駕できず、戦力が均衡して膠着してしまい、勝てないかわりに、負けることもできないという悲劇的状況に陥った。

特に、戦力均衡という意味では、英国の参戦が大きかったと思う。
それにより、西部戦線でのドイツの勝利が難しいものとなった。
また、ドイツの軍事と外交のバランスが崩れていたことも大きい。 つまり、全ヨーロッパを敵に回すという外交的敗北と結局自国領土には敵国を入れなかった軍事力の優秀性というアンバランス。
現在の歴史観ではアホ皇帝ウィルヘルム2世となっているが、まあそうだろう。

さて、現在に視点を移すと、色々な勢力がうごめいて非常に危険ではある。
しかし、例えば中国とアメリカとか、ロシアとアメリカといった形での大戦にはなりにくいと思われる。 仮に中国がアメリカと事を構えようとしたときには、確実に中国内でのクーデターや内乱が発生する。どんなにボロボロでも勝てると思わなければ戦端は開かない。(某K国はわからんが)

あり得る形は、グローバル主義の米中と伝統回帰のロシア、英仏に 日本が加わった時。
20世紀は目に見えぬ米英戦争の時代だったと思う。(そしてあほなチャーチル、大英帝国没落の責任者、ひょっとするとアメリカのエージェント?)。
しかし、大英帝国の復活と東ローマ帝国の復活(ロシア)が手を結んでもアメリカの現世界秩序にはかなわないが、そこに日本が絡むと色々と均衡が生じ大戦の火ぶたが切られるかもしれない。
その意味でこの秋のプーチン訪日は世界史の転換点(発火点?)になるかもしれない。
そして、ドイツが(韓国が)付いた方が負ける・・・。
まあ、本当に負けるのは人類になりそうだが。

そういえば、保元の乱や応仁の乱も似たような形だった。
全ての対立がピークを迎えて双方の勢力が均衡した(と思われた)時に戦端が開かれている。
一つの体制が行き詰って最後には同じ形で壊れていくというのが人の世の習いということか。

天安門

チャンネル桜で坂東さんが話している。

【日いづる国より】坂東忠信、中国人の残虐性・天安門事件と中国人実習生の例から[桜H26/8/29]

それにしても、すごい。
9分ぐらいから地図を使って説明しているが、2万6千人以上の死体を処理したという話。
あの時天安門に集まっていた人をほぼ全員殺戮したんだね~。
ある程度情報をつかんでいた西側各国はそりゃー 中国を排除するよね。
諜報機関を持っていない日本が率先して雪解けしたのは良かったのかね・・・。

人の命が軽い国が隣にあるということを理解することが大切ですね。

ハローワークで思うこと

昨日は失業認定日なので、久しぶりにハローワークに行く。
駐車場はないが駐輪場はあるので、初めて自転車を使う。
行きは下り坂が多いので楽だけど、途中何度かのぼりがあり、この暑さで死ぬかと思った。

失業認定は応募先の電話番号が未記入だったことを指摘、その場で検索、記入して無事認定された。
私の場合、会社都合での実質解雇だったので、支給開始も早く、金額も昨年の賃金がそれなりだったので、結構出る。 なんか、それに安住して人間がダメになりそうな、またそれだけ今まで払っていたのだなと思う今日この頃。

最近は、iPadにBlueToothのKeyboard付きカバーを持ち歩くことが多い。
それにWiMAXのRouterとiPhone(デザリングなし)のセットで大体用が足りる。
開発環境を持ち歩く必要がなければPCはいらないし、情報も家のNASに格納しておけば、インターネット経由でアクセスできるので、自炊したpdfの書籍類も少し時間かかるが見ることができる。 まさに、図書館を持ち歩く感覚。

こんな一個人が、それだけのITインフラを構築できるのだから、IT業界のお仕事は先細り、あっても高難度になっていくのかなと思い、年齢もありなかなか就職が決まらない現状にも変に納得してしまう私。

少し涼んで帰ろうと思って図書館に寄ったが、結構混んでいる。
そういえば世間は夏休みかと思う一方、机を占拠しているのはあまり夏休みと関係ない大人たち。
定年でやることがないのか、私のような失業者か、とにかく世の中の縮図を垣間見る気がした。

帰りは上り坂。 ゆっくりゆっくりギア比最少にしてのぼってきたが、家についたら全身汗まみれ、上から下まで総取替。それでもしばらくは体温が下がらず、体温調整能力が低下しているので、熱中症には気をつけなければと改めて思った。

北朝鮮 権力闘争の終わり

チリの落盤事故からの生還や中国ノーベル平和賞騒動やらでかき消されているが、北朝鮮では長きに渡った権力闘争が終結したようだ。
本当に金正日の三男であるのかはおいといて、金日成を彷彿とさせる新たな指導者が国際デビューを飾った。
時を同じくしてファンジョンオプが消された。象徴的な出来事だと思う。
ここ何年も、不可解な騒動を繰り返してきた北朝鮮だが、金正男の逮捕、強制送還から幕をあけた権力闘争も、収まるところに収まったようだ。

驚いたことに、軍事パレードを至近距離で海外メディアに公開したこと。
これは、普通の国への脱皮宣言でもあり、体制が安定したことの勝利宣言でもあると思う。
若い指導者ということで、結果的に自然と集団指導体制に移行して、中国型の普通の政治だけ独裁の国になっていくのだろう。

異常な鎖国状態も、情報のコントロール(しかも極端な立場からの矛盾した)も、熾烈な権力闘争を前提とすれば納得できなくもない。誰がどんな手段で外部をコントロールしようとするかわからない、しかも、誰が敵で誰が味方かわからない状況では、外から人を招くことは危険そのものだからねぇ。
主体思想の創始者や王族のプライベートを語るスポークスマンたる料理人 藤本某が国外亡命できるというのも、エージェントだったと考えるのがよさそうだ。
そして、旧体制・既定方針に挑んで、自らの子供を王権につけようと画策した在日の子女による宮廷クーデターは失敗に終わったのだな。中国の古典を見ている気がするのは私だけだろうか。

現代は、飛鳥・白鳳・奈良時代以来、朝鮮半島の政治状況に影響される時代だが、北朝鮮が新しい時代に入ったので、これから日本への影響も色々あるだろう。
しかし、安定によって工作が減りそうなのは良いことだな。

ただ、いずれまた、軍と党の対立など、すぐに命がけの闘争がはじまる体質があるので、つかの間の小休止の可能性が高い。
中国がこれからややこしくなくので、北朝鮮の安定は良い材料だと思いたい。

U-19 残念だったけど ~ 人の評価について

U-19が韓国に2-0からひっくり返されて敗退というボロボロの結果でワールドユースの出場権を失った。
それにしてもよくこれだけ評判の悪い指導者をここまで引っ張ったものだ。
前回、7連続で途切れた記録が繰り返されたことになる。
(え?岡田さんも評判悪かったって・・・ ^^;)

どうして、これだけ結果が出ていない指導者が続投することになったのか。
多分、表に見えない部分で優秀なのだと思う。
ある形や状況ではまると素晴らしい結果を出したり、理論は素晴らしかったり、過去の実績が輝かしかったり・・・でも、それは、負けてしまえばどうでもよいことなんだけど。

しかし、能力を評価するのは難しい。
どんなに知識があっても、いや経験があったとしても、やって見せなければ能力は分からないものだ。
特に、レベルが上がってくると、デジタルな評価(採点表)では評価できないと思う。

更に、指導者となると、多くの引き出しを持ち、刻々と変化する状況下でも適切な対策を打ち続ける能力が求められるが、そんなものを評価する採点表は作ることが無理だ。(しかも作った瞬間から劣化する)
結局、実際の結果で評価するしかないのだと思う。

そして、代表レベルであれば、結果で評価されるのが当たり前だと思うのだが、どうやら昭和の昔から評価して結果で迅速に判断することができないというのが、日本の構造的欠陥・病のようだな。
身内の論理・優しさが時にダメダメな組織を放置することになるんだなあと思う。

スローガンやムードとか空気とか、実態とは違ったところで判断が下りがち。派閥・情実人事も健在だったり。(まあ、これは日本だけではないけれど・・・)

昔、決まったパターンで夜襲をかけるという”奇襲”作戦を部隊が変われど繰り返したと言われる日本軍の末裔であるから、いつも決まったロングボール放り込み戦術でやられるというデジャブを繰り返すのも、らしいのかな・・・

分かっていても、相手に合わせてチームを作るのは良しとせず、自分たちが信ずるサッカーを究めれば無敵だという太平天国作戦だったのかな。(プレッシャーに負けない技術をという敗戦後のコメントがそれを思わせる。)

チームビルドも間違えている気もする。こんな年代なのに、不平不満・批判がボロボロ出てくる。
その要因がチームの和が大切だから、それを乱す奴は、ってありそうな話。
監督は偉いのだから、言うことを聞け・・から入ってないでしょうね。

そういえば、コンクールの場合、大会にむけて、2-3曲を半年も1年もかけて仕上げてきても、それはそれで好成績を残せると思うのだが、高校サッカーも似たものなのか?
そんなユース世代では優秀だった(過去形)アマチュア指導者にトップリーグで活躍しているメンバーを集めて短期間でチームを作って、戦略を教え込んで、結果を出せというのが酷なんだと思うぞ。
それに、市立船橋の監督だったという威光も、今の若手には効力がないだろうしね。(あ、ワッキーの先生って、ワッキー自体・・・以下自粛)

かなり前から問題だと言われていたのだけれど案の定だったわけで、誰か止められなかったのか というのも、昭和の日本軍と一緒。

こういった問題を防ぐには、コーチや監督を誰が選んだか責任者を明確にすることだね。
(責任者は当然結果責任を負う → 川淵さん あなたのことですよ・・・ ^^;)
ダメだったら首を飛ばすという仕事があるのだから。

指導者の評価は難しいので、結果で判断するのが一番という話でした。

人事権のない内閣?

参院選が終わって、民主党が大敗北を喫した。

小沢憎しでの路線急旋回の失敗なのか、いつも立派なことを言ってるならやってみろという傍観作戦による策略だったのか。

選挙前のコメントです: 負けたい民主党

全国で票を積み上げて、複数擁立で望ましくない左よりの候補を蹴落として、あとは菅直人の登場効果で圧勝のシナリオに乗っていた選挙を、最後に逆風を菅直人自らが招いて1人区で負けての敗北。
このまま前幹事長のシナリオ通りに勝ってしまったら終わってしまうという勢力が必死に首相によるテロを敢行したというところか。(ただ、微妙に負けるのは難しく、思ったよりも大負けして、どうしようと右往左往しているというところかな・・・)

ただ、今回の選挙結果で一番驚いたのが、千葉法相の続投だった。

どう考えても、法相に不適格と国民に判断されて落選に追い込まれた(すくなくとも、神奈川の民主党支持者では2番目の評価しかもらえなかった・・・)というのに、9月まで続投だそうだ。
しかも、本人も辞意を伝えたというから、選挙に落ちて、辞めたいと言った、”ただの人”を、法をつかさどる番人に据え置くというのは、普通に考えるとおかしい。

ただ、民主党、特に今の内閣では、大臣の交代・更迭が難しい構造になっているのかなと思ってしまう。
鳩山内閣総辞職でどれだけ一新されるかと思ったら、ほとんど自分の抜けた空席を埋めた程度で、ほとんど改造をしなかったのが菅内閣の発足だった。
政治の継続という意味では、頻繁に大臣が変わるのは望ましくないのかも知れないが、それにしてもだ。

確かに、大臣になりたいリストが既にあって、派閥からのプッシュがあって、限られたなかで選択をしてきた自民党政権に比べて、政治主導を掲げて、大臣・副大臣と複数で行政にあたる体制は元々政治家の数が必要な上、経験者や”準備”をしてきた人が少ない新しい政権であるから、簡単に首のすげ替えが難しいというのもわかる。大臣の資格が当選回数ではなく、本人の行政能力となると、適任者のハードルが高くなって、”適当な人がいない”ということもあるだろう。

ただ、政権にとって人事は一番の武器であるのだから、これを行使しないというのは職務怠慢にも見えてしまう。なのに、人事を断行できないということは、菅直人はその権限を実は持っていないのではという疑いを禁じ得ない。

新しい政権だから人事を調整する仕組みができていないことかもしれない。
調整機能がまだ有力者個人の能力に任されている状態で、それこそ小沢しか何も決められない内閣なのかも知れない。

しかし、選挙で落ちた大臣の更迭もできないような”硬直した”内閣が、外交をはじめとした臨機応変の対応が求められる行政の場で、意志決定のスピードが遅すぎて問題を大きくするという可能性があることが一番恐ろしい。

とはいえ、自民党政権がどうだったかということを考えると、我々は行政・統治能力が劣ってしまった政治家と制度を抱えているという現実を直視しないといけない。
ジャーナリズムは、いつでも危機 だが、その結果、日本の社会は安定と豊かさを手に入れた。
しかし、トップがマヒしても生きていけるだけ余力・体力があるのか、問われていると思う。

悪代官(殺処分によせて)

時代劇では、悪代官は正義を捻じ曲げて、袖の下を要求する利権に汚れた悪人だ。
”越後屋、そちも悪よの~”というセリフとともに、黄金色の餅を賄賂としてうけとる姿が典型として描かれている。(勧善懲悪の懲らしめるべき悪として・・・)

ところが、実際の悪代官(農民一揆の原因になった役人)というのは、実は、定められた規則を厳格に適用しようとした”真面目で融通がきかない”代官だったという話を聞いたことがある。
(とすると、まじめで職務に忠実な善人が悪代官なんだな、これが・・・)

元々、民に厳しく公に厚い税制になっていたのを、規則通り、きちんと”事情を考慮せず”法を適用した堅物が悪代官。 それにくらべて、下々の事情に通じて、規則は規則、でも・・・と柔軟に、悪く言えば目こぼしを率先しておこなったのが名代官で、その違いは、”大人の対応”ができるかの違いだったらしい。

特に、豊作が続いていればそれでもまだ良いが、天候不順で作柄が悪くなったりしたら、とたんに所定の税が収めれなくなり、”真面目に必要な税を徴収”した代官は血も涙もない、人民の敵になってしまう。

今回、宮崎で民間の種牛が殺処分になった。
どう考えてもこれは、”法に従わねばならない” という悪代官の所業に見える。
法を守るためには、一つの産業を窮地に追い込むことを是としているようにも見える。

今回の口蹄疫ではっきりしたことは、和牛における種牛の付加価値の高さだ。
日本全国のブランド牛が実は宮崎の種牛に多くを依存していたという構図が明らかになった。
松坂牛も近江牛も、多くは宮崎産の子牛を購入・育成していたという事実は意外でもあった。
少しでも、産業を保護するために種牛を確保するために動くのが、日本のあるべき農政だったと思う。
が、しかし、結局宮崎にはスーパー種牛といわれる数頭が残っただけだ。
産業としての和牛生産は崩壊に追い込まれたといえる。
(それで、今後安い外国産牛肉が入ってくるという外国におもねった策略だとしたら、頭が単純すぎると思うぞ)

今回は、超法規的に、例外として国が没収して、影響のない僻地に移動・隔離すればよかっただけの話だ。

それが、民間保有の種牛に対しては、”お国の命令を守らなかった”からという見せしめと、国と県のメンツ争いにレベルが落ちてしまったように思われる。

その結果、産業の基盤をたった数頭に集約することになり、多様性の観点からは極めて危険になったといえる。 (そうならないという、裏の事情・自信が一方ではあるのかなとも思うが)

東国原知事も情けない。 国に代執行させれば良かったのだ。
不正義は国にあると、後世の歴史家に問うという姿勢がなければならぬ。
今まで有効な手が打てていなかったのだが、最後もアリバイ闘争に終わった感じだ。

改めて考えてみると、今回の問題というのは、口蹄疫に対する法律の作り方が、ほとんど無価値の家畜を前提としていたために、法の適用があまりに大きな損失を発生させるということを想定していなかったのではないかと思う。
鶏何万羽というのに感覚がマヒしているかもしれないが、所詮は出荷して幾らという金額で保障ができるという前提で法律が作られているように思う。
ところが、その対象に、将来の和牛生産を担う”芸術品”が含まれていたために、大きな齟齬が発生したのだが、そこで行政の思考が停止してしまった感じだ。

良くはわからないが、損害賠償を本気で農家がした場合にどうなるのだろうか。
アメリカなら、敏腕弁護士が大挙して宮崎県の農家に押し掛けて、法廷闘争が開始されているに違いない。普通に考えても、1頭で数億の賠償金を請求することになると思われる。
(法律だからと言われれば、”その法律を作った”農林水産省や厚生労働省が訴えられる。)

本来、人が作る法律に完全はあり得ないのだから、そこで、起きた事態に”対応・適用”が求められて、それが政治の力だと思うのだが、今回は、結局、みんな規則を墨守するだけの悪代官ばかりだったのかなと思う。

思い返せば、日本がここまで良い国になってきたという近代史を振り返ってみると、国をリードする高級官僚のありかたに思いが至る。

密な人間関係を構築して常に落とし所を考えて、関係者のすり合わせをして絶妙なさじ加減ができるのが”上級”公務員というのが、日本的な官僚(公僕)のあるべき姿だった。
上級公務員というのは、そういった”人物”が評価されて、その更に上に、人間力に優れた政治家が君臨するというのが、戦後日本の政官のあるべき姿であり、ある程度は機能していたと思う。

それが、昭和が終わり平成にはいるころから段々とおかしくなってきている。

この話は、人物が揃っていた明治の御代は、制度の不備をうまくカバーして、日清・日露の大戦争を戦い抜き、一等国へ昇りつめた大日本帝国が、人物を失うことで制度的欠陥を露呈して、大破綻に陥った昭和の大敗北のストーリーと妙に似ているのが気になる。

ただ、軍隊は外国と戦って負けて解体という分かりやすい終末があったが、官僚組織の末路というのは、なにが起きるのだろうか。予測が難しい。
ただ、終末は近いと思うのだ。

そういえば、公務員が人気商売になって、いかにも”真面目な”お役人が増えるというのは、考えてみれば、悪代官をどんどん増やしていることになるのだな。
学生の就職先で人気になった企業・業種、東大生が多く行く会社は没落するという大法則があるが、今回も外れは無いように思われる。