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月別アーカイブ: 6月 2009

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バックハウス

今、ipodに バックハウスのベートーベンソナタ全集を入れている。
CDの時は存在感に圧倒されて、中々聞くこともなかったのだけれど、ワーグナーの指輪全曲にオペラ100曲、シャンソン全集にpodcast沢山、Videoや写真にゲームまでいれて、まだまだ余裕がある。気が向けばブルックナーやマーラーの交響曲全集を入れ替えたり、枝雀や米朝をいれてみたり、全く恐ろしい時代になったものだ。
(そういえば、トスカニーニのベートーベン交響曲全曲も入っているみたいだ)
それだけ入れても、高々8GBも使い切れない。
机の上には外付けディスクが1TBある。 人生のすべてを記録しても使い切れないのではないか。 
昔、ファイルシステムの上限が2GBで、”膨大なアドレス空間”があるので、当分このアーキテクチャは変わらないと教わった世代としては、どうしてよいか分からない。 しかも、こいつが今や1万円を切ろうという勢いだ。

さて、バックハウス。

ベートーベンと言えばバックハウス。典型的な「大家」。 浮かぶ映像はモノクロの写真と古めかしい音楽・・・
とばかり思っていたが、改めて聞いてみると、その高音のきらびやかさに打ちのめされてしまった。 今でも新しい。 細部のメロディーラインを音色によって浮き上らせ、しかも、全体の骨格といい、テンポといい、ガチっとしていて、変な癖もない。 それでいて、クライマックスに向けての切迫感やドラマ性にも満ちて、”熱情”など名演奏である。
しかも、一応”ステレオ”なんだな、これが。すばらしい。 
改めて、先入観なく聞くことの大切さを思い出した。

まあ、バックハウスというと、ショパンのエチュードとバラードのLPから聴き始めた変人ではあるわけで、普通の聞き手ではないのだが、もう一度見直しても良い演奏家だと思う。

通勤途上、一人コンサートホールを満喫できる贅沢が当たり前という世の中なのだが、今の人には、むしろ有難味が分からないのかも知れない。

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ全集
バックハウス(ウィルヘルム)
ポリドール

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簡単なことかも知れない

オーストラリアに、また同じ形で負けました。
どんな理由があっても、負けてはいけない。
サッカーには引き分けがあるのだから。予選は無敗で行きたかった。

セットからのパワープレーにディフェンスが競り負けての失点。
何度も繰り返される過ち。

変に勝ちに行こうとしたり、元気に動けるうちに点を取ろうと焦るから、最後に力尽きるのかな・・・
本当の意味でのスタミナが無いんですな。

まあ、色々と旗を掲げないといけないみたいだけど、その程度の選手達を抱えているからかも知れないが、4位など夢を掲げる前に、”弱さ”を自覚するところからスタートしなければ。

キーになる選手が少し抜けたぐらいで、パスがつながらず、大雑把な蹴りあいに終始して(つまり相手の土俵に引きずり込まれて)、体力勝負で負けてしまう。
まあ、これが国としての実力。

本大会は短期間に3試合。しかも基本アウェー。(審判とか組み合わせとか色んな意味で)
そこでもぶれない、強いチームを作れるのか。 今の路線は、素晴らしい”日本のサッカー”を作るプロセスを踏んで居るように思える。

それで勝ち進めるのか?

成功しても、緒戦で世界を驚かし、最後はボロボロで敗退していく気がする。
本気で優勝や上位を狙うなら、1次リーグは流して勝てるぐらいでないと・・・

色々言われているが、ジーコの作ったチームの方が、本大会で上位に行ける可能性を秘めていたのではないか。 (涼しい時間帯に試合が出来ていればだが・・・)
頑張ることが前提の岡田さんでは、短期集中決戦の本大会では持たないのでは。

まあ、色々と作戦やら、駆け引き、アクシデントに水面下の戦い、色々あると思うけど、終わってみれば、相手の弱点を早く見つけてそこをついた側の勝ち。局面局面で相手よりちょっとだけ先にボールに触れた機会が多いほうが、しかもゴールに近い決定的瞬間とスペースを制した側が勝ったということかな。

#日本が勝っていれば、パスで振り回して相手守備のバランスを崩した側が勝ちとなるんでしょうが・・・

所詮、大勢に影響のない、消化試合なので、壊れず、カードも飛び交わず、無事終わってよかったとしよう。
岡田さんとチームのためには、負けたほうが良かった気もするし。(仮に今日勝っていたら、すぐに気が緩むと思うぞ)

やっちゃたね麻生さん

普通じゃない時に、普通でない人がリーダーであることは、時にはとても素晴らしいこともある。
でも、勝負のときに、この人は信じられる、この人について行こうと思われなければ、大きな仕事はできないと思う。

麻生さんは、決定的瞬間に間違えたね。
政治家は非情になって、前任者の責任にすりかえて、大衆の心をつかまねば。
小泉、竹中路線がいかに世間を苦しめてしまったのか、リーマンと根は同じと言えば、国民は信じたと思うが。 (Detailではどうかは、分からないけど)

衆院の2/3 を確保した選挙結果と当時の主張に拘束されるとはね。

両方辞めさせれば良かったのさ。日本古来の喧嘩両成敗で。

小泉であれば、間髪入れずに、両者辞任で総選挙に打って出て、今までの行き過ぎた民営化を続けるのか、前回の選挙での過ちを修正して、古き良き日本を取り戻すために、”やさしみのある政治”に立ち戻るのか、その選択を・・・ と”小泉チルドレン”を仮想敵に、返す刀で、古い政治体制の”小沢民主の影”と戦う博打をうっただろうに。 感性の問題かね。

麻生内閣で辞めていった閣僚の方がさむらいが多い気がする。

まあ、いずれにしても、グダグダで選挙・・・と思ったら、世界情勢・経済の大混乱に巻き込まれて、訳が分からなく可能性もあるので、先は読めん。
(北朝鮮もどこに向かって鉄砲を撃つのか・・・ 総選挙はタイミングが危険だな~)

こんなんでも、毎日平和なのが日本が素晴らしいところ。感謝しなければ。

オバマという実験

オバマの選挙戦略についての本を読んだ。(オバマのすごさ というタイトルだったかな・・・)
極めて、ぶれない、仕事のできる男のストーリーだと思う。
冷静で内向的なキャラクターというのが、親近感を覚える。
世の中が変動するとき、壊れているときにはアウトサイダーが登場するものだが、オバマは究極のアウトサイダーと思われる。
ヒラリーも実はオバマのファンであったといった話も、すんなり国務長官に納まった理由として納得してしまった。

大統領選という一大プロジェクトを、チェックリストとアクションプランの活用で乗り切ったように思う。

大統領になることがGoalではなく、偉大な大統領になるという目線の高さも良いではないか。

中東問題やGMの問題の扱いについても、原理原則を立てて、関係者の意見を聞き、妥協を求めながら望むゴールに導くといったプロセスは、極めて優秀な政治家の姿を感じる。(議論を尽くしたのだから、という強行手段を常にちらつかせて)

ただ、この有能で一筋縄でいかない政治家が登場した背景は、あまりに厳しい。
希望や夢をばら撒くことで事足りるほど、現実は甘くない。

あたかも、フランス革命の大混乱、祖国崩壊の淵で、颯爽と登場した片田舎コルシカ島出身のナポレオンを連想する。
今後8年間世界は、ナポレオンに振り回された時代が再現するのではないか。
人種差別主義者による物理的抹殺という事件が起きなければという条件付ではあるが。

読んだのは PHP新書の
オバマのすごさ

でした。