すごい
ダイレクトキックだったのですね。
ハーフウェーぐらいから、キーパーの蹴りだしたボールを、ベンチから飛び出して直接パコーンと蹴って、そのままゴールイン。
http://supportista.jp/2009/10/news22013331.html
で何回もみてしまいました。
YouTubeのスポーツ部門で、再生回数世界一だって?
そうでしょう、そうでしょう。
このぐらいは、簡単にいまでもできるんですな、ピクシーは。
上手いことを目指す選手に言いたい。 上手いだけなら、技術だけなら今でも名古屋で一番は監督です。
でも、ピクシーが監督をしている理由を考えましょう。
走れ走れのオシムは正しいのです。サッカーは走れることが最低条件なのです。
そこを勘違いすると、うまいけれど不動の選手では、チームは勝てないのです。
この記事をみて考えたことが2つ。
・こんなピクシーを擁して、勝てないオシムは実は、勝てない監督なのではないか。
実に、素晴らしいチームを作り、我々に最高のチーム、サッカーを提供してくれるサッカー馬鹿がオシムだが、そのサッカーは、そのチームは勝てないのかも知れない。 (アジアでも、ジーコは優勝した、トルシエも勝った、オシムは負けた。)
→ それでも、結果よりも訴えるものがあるオシムのサッカーが日本人は(私も)好きさ。
・ピクシーのドリブルはすごい。ボールを持って、ゾーンに入ったドリブルが始まったら、誰も止められない。(マラドーナが縦なら、ピクシーは横だね)。
でも、どうして、ピクシーのドリブルシーンはカラーだがすごい映像ばかりなの?プスカシュも同じぐらいすごいけれど、白黒でくっきりした映像なのに。
ボールがどこにあるかわかないような雪のなかとか、結構すごい環境でサッカーをしてきたのですね。
でなければ、こんな選手が日本で、しかも万年中位の名古屋で現役の最後を飾るって考えられない。(まあ、今から考えるとベンゲルもいたわけで・・・ すごいよね)
結局、本当のトップのレベルというのは時代を超えてすごいのですな。
一方、世の中の進歩があるとすると、一定のレベルの人間が数多く出てきたということでしょうか。(全体のレベルが上がってきたということ。)
よく、将棋や囲碁の世界で江戸時代の名人と今のトップとどちらが強いかという話がよくあります。
将棋では、研究が進んでいるので最初は今のトップが勝つだろうが、すぐに追いつかれて、昔の名人も結構勝てるのではという話です。
囲碁に至っては、道策や秀策といった名人であれば、たぶん昔の方が強かっただろうといわれています。(でないと、ヒカルの碁は成立しませんよね)
かほどに、真の天才は時代を超えている(ピクシーもその一人)のですが、一方、それに準ずる全体のレベル、数がだんだん上がってきていると言ってよいのではと思います。(J2やJFLのレベルで、戦術的に洗練されたサッカーをするのは日本ぐらいとも言われてます・・・)
ただ、心配は、全体のレベルがそろうことによって、”絶対的な”高いレベルの選手がいなくなることですな。
そうそう、プスカシュのシュート後の万歳シーンが、メキシコ五輪の時の釜本や、ゲルトミュラー、ケンペスに共通していたのは笑えた。
みんな、上半身が立派になって、同じ形になってしまうのかな。
意外と、万歳の仕方で得点王の発掘ができるかも知れない。
(え? 今、センターフォワードは死語になっているって・・・ 失礼しました。)
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