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月別アーカイブ: 12月 2009

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改めて厳しき年の瀬

外資系に勤めていると、期末というのは、さよならメールの季節。

Managerが大変なのは、数字を達成しなければいけないことでも、わけのわからない事をいう部下をなだめて・すかして・おだてて最低限の成果を出させることでもなく、ましては馬鹿な部下の信じられないミスで誠心誠意のお詫びをすることと根本的再発防止策を立てなければならないことでもないです。
業績に連動して決定されるHeadCountに基づいて、決められた数の部下に引導を渡して辞めてもらうことです。

ましてや、今のような不況のもと、年齢も高く、(当然報酬も高く)、スキルも特殊化していて今の社内ではそこそこ評価されるけれど、社外では無価値といった人には、”人生万事塞翁が馬、これをチャンスに新しいキャリアを”とは言えるものではない。

そう言っている、自分もまあ、7年ぐらい前にリストラされたし、逆にそうやって労働市場に出てきた人の採用活動もしたし、幸いほとんどなかったですが、辞めてもらったこともありました。
まあ、今の会社はプレッシャーがきつくて、DogYearとも言われているし、辞めていく人の方が元気+元々中途が多いので、切られる側もたくましいという特殊事情もありますけれど。

年々、歳を重ねるほどに、座れる椅子の数は減るし、自分の商品価値も目減りしていると思うし、他人事ではないけれど・・・

日下公人の遺言? 文明論に踏み込んだ予測

日下公人が読む日本と世界はこうなる
日下 公人
ワック

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いつもいつも、この方には頭が下がる。
1930年生まれ、御年80にもならんとするご老人が、どうしてこんなにも柔軟で意表をついた提言ができるのか、その秘密が知りたいといつも思う。

王様は裸というためには、曇らない目と恐れない勇気が必要です。
意識・無意識で修飾された美辞麗句やスローガンに惑わされて真実を見つめる目は曇りやすくなっています。
また、他の人と違うことに対する恐怖心・空気に流されないで自分を主張するというのは特に日本では難しいです。
日下さんは、人と違うことを言う、孤立することに対する強さを小さいころか身に着けていたみたいです。 だから王様は裸といえる強さを持っているのですね。
タブーがない、効かないので、日本は核武装をすれば尊敬される といった意見をさらりと言えてしまう。

本書では、来年を展望しての世界情勢、日本の進むべき道を例年通り記述していますが、従来と異なるのは、古代・中世・近代といった歴史の発展過程をメジャーにして、中世という社会としての豊かさを持っているヨーロッパと日本と、古代から急に現代に移行した中国、USを対立軸において、分析を行っている点です。
それに、従来の主張である、道徳の力により日本が最後は勝つ という論調も健在。

悲観的・自虐的論調・予測、大本営発表で塗りつぶされているマスコミの視点に固定されてしまっている人には、新鮮で刺激的な”ものの見方”があって面白いと思う。

ただ、全体の文脈が、特に前半が錯綜気味で、いつもの書籍に比べて読みにくかった。 文明論を取り入れた新しい取り組みであるために、混乱したということなのだろうが、年齢もあり構成力の衰えが出ている可能性もあるのかなと思った。
日本進むべき方向について、貴重な視点を提供してくれる日下さんですが、いつかは失われる時がやってくるかも知れないという、”ぼんやりとした不安”も感じました。

これからも、健康で私たちを驚かすような書籍を出し続けてほしいというのが、一読者の勝手な願いです。

サンタクロースはいます ~小さな奇跡の物語~

みなさんは、サンタクロースは居ると思いますか?

毎年、Noradが追跡するような、赤い衣装に白いひげを生やして、トナカイのそりに乗って、煙突から入ってくるようなサンタがいるとは、流石に思えませんよね。
小学校の高学年ぐらいになれば、”おれ しってるよ~、サンタは お父さんなんだ” ”夜中にこっそり、枕元にプレゼントを置いているの見ちゃったんだ~” ”クリスマスが近づくと、何が欲しいかサンタさんに言ってごらんって、リサーチしてるんだよね~、お見通しさ!”
まあ、なけなしの小遣いを削り、忘年会をさぼってまで子供のためにとねん出した資金で購入しているという親の苦労までは、分かっていただけないようで、知らないふりをしてあげるのも親孝行だぜ、といったところでしょうか。

ところが、今年、我が家にはサンタが来たのです。

発端は、うちの息子がケーブルテレビでやっているBEN10のファンになってしまい、変身に使う時計のオムニトリックスが欲しい、という渋いリクエストを出した所から始まります。
12月に入って、そろそろ購入しようかと考えておもちゃ売り場をめぐり、ネットを探しても、見事にありません。 マイナーだけど、意外に人気があるようです。Amazonでは足元を見て1万円の値をつける奴まで出る始末。 さて、困った。

残り2週間を切って、焦る焦る。 これでオムニトリックスが入手できなければ、子供の夢を壊してしまう。(私より奥さんの方が気をもんでいたみたい)

日本はあきらめて、USで販売しているところを探してみると、なかなかこれが”国内限定”だったりして、購入さえできない。
なんとか International対応の店を見つけて発注したのが、12月13日。
2日程度でShipされたけれど、この時期クリスマスシーズンでUSでも配送は遅れ気味、さらに輸出となれば、2~3週間かかるのは当たり前。(本ではなく玩具だし) 年内に届けば恩の字という状態。

いつ届くかあてにならないので、日本国内での調達も考え始めます。
さらに、入手できなかった時の2番手、3番手も検討するという複雑な作戦です。
そんななか、輸入おもちゃの店を恵比寿にみつけて、ここで購入するプランを立てます。

12/22 あと3日。
会社を早く終えて、ダッシュで直行、店を見つけると・・・ 閉まっている。
あれ~、早く締めるのかな・・・趣味の店だから気分で開くのかな~ とその日はすごすごと帰ります。 で、HomePageをみたら、火曜日定休日。 なんと、そういうこと?

次は勝負の12/24 クリスマスイブ。
昼休みの1時間を使って、新宿⇔恵比寿の往復プランを計画、実行します。
歩きながら昼飯を食べるという作戦も使って、なんとか 12:20 にはお店の前に。
あれ、また閉まっている・・・。 潰れたのかな・・・。
ってよく見たら、営業時間が 12:30-20:30 ・・・ あと10分も待たないといけない。 うーん、10分まって開店直後に跳びこんで、初めての店でオムニトリックスをすぐに見つけて購入、とんぼ返りして13:00に新宿のOfficeに戻れるかといえば・・・ Noだ・・・
涙をのんで、撤退。 帰宅時に勝負をかけることにした。
・・・開店後に店に電話をして、販売・在庫の有無を確認して、あれば帰宅途中に立ち寄り購入、NGなら、第2候補のゲームソフトを新宿で購入というプランを立て直してから、携帯を見ると・・・

奥さんから、オムニトリックスが届きましたと、写真付きのメールが届いていました。

無事、25日の朝、家の坊ちゃまは、枕元のオムニトリックスを手にすることができました。US仕様の最新版。すべて英語のパッケージ。 サンタから特別なプレゼント。

分かりました?
ギリギリの日程で注文をさせて、イブの日に届くように調整をして、馬鹿な父親には、東奔西走させながら、うまくギリギリで”買わせない”という高等作戦。
すべての偶然を積み上げて、素晴らしい結末を用意してくれました。

だから、子供が大きくなって、サンタなんていないや、あれは親父だろって、生意気なことを言うようになったら、”本当のサンタさんは、目に見えないし、沢山の偶然を組み合わせて、あなたの一番喜ぶように、両親が喜ぶように、演出をしてくれたのですよ。” と、教えてあげたいと思います。

少し遅いけれど、メリークリスマス!

新聞業界の悲鳴

読売ポッドキャストが今年で終了を宣言した。
当初の目的を達成したからというとってつけた理由と経済情勢を要因にあげているが、結局新聞の拡販には全く役に立っていなかったばかりか、収益性が望めないということも要因だろう。
相当数のユーザーが聞いているはずだが、散々広告を募集して、応募がハワイポッドキャストだけだったから、ビジネスとしては厳しい。

結局、沢山のアクセスをビジネスに転換するノウハウが見つからなかったということなのかな。実験は失敗したのだ。

かと思えば、北国新聞ではインターネット版の有料新聞を始めるみたいだ。
ただ、その価格が、従来の新聞と同じ程度というのには、椅子から転げ落ちるほど驚いた。(オーバーですね・・・ ^^;)

毎朝各家庭に配達される、物体としてもかなりの量がある新聞の購読料とインターネットで、配送料がほとんど無料の媒体が同じというのは、正気のさたとは思えない。
多分、インターネット版を安価にしたら、そちらにユーザーが流れて従来の顧客からの収益が圧迫されるという”自社都合”の論理で価格が決定されたのだろう。追い込まれながらも腰が引けているとしか言えないではないか。

USではもっと事態が深刻なのかもしれないが、例えば、International Herald Tribuneが毎日自動配信されて月$20。 読み切れない程の記事と、広告がなくてこの値段。円高もあるけれど、感覚的には半値以下。毎日$1以下なので、コーヒー1杯よりも安いのかな・・・。

嫁の実家の実家が秋田なので(実家は歩いて5分・・・)、秋田の地方新聞が、”安価”でインターネット新聞を始めたなら、購入してもよいかなと考えている。
何年か前に秋田に行って、新聞に普通の人の死亡記事が載っていたのには驚いた。
ただ、普通に購入するのと同じ価格では高すぎる。
ローカルな情報を発信すれば、今まで以上に広い範囲でユーザーを獲得できる一方、既存のパイを食い合う可能性があるので、どうしても及び腰なんだろうね。
年に何日かは、その地方の新聞が簡単に買えればよいかなと思うときもあるので、駅売りと同じ形態での購入ができるとよいとも思う。

まあ、大きな業態の変化に直面して、古いビジネスモデル(拡販に巨人と駅伝ですか・・・)にすがるしかない状況なのは分かるけれど、早く開き直って新しいビジネスモデルの確立にかける所がどこになるのか楽しみでもある。
そういったところでは、毎日新聞が共同通信の記事を使う(つまり、自前では記者クラブの取材をしない)という決断をしたらしい。 潰れそうで、過去の成功体験が少ない3番手、4番手が次代の主役になるケースがあるが、そうなれるかな?
どうやら、記者クラブに張り付いて、つまらない”大本営発表”を覚えてくることより、その時間を”好きな取材”に使ってよいということらしい。
毎日がひょっとすると開き直った第一号になれるかも知れない。

無料で人の良いサービスを続けられなくなったということなのだが、純粋に読売ポッドキャストの読み手の個性あるナレーションがきけなくなるのは、ちょっと残念。(最近は、聞き手を意識して全員女性陣になっていますが・・・)

それにしても、ポッドキャストでの番組配信なんて、どれほどのコストがかかるのか・・・ それも維持できないというのは、相当に厳しいのだな。
ただ、はっきり言えるのは、残念ながら、これで完全に”読売”というメディアが私の視野から消えるということだ。このPodcastをCloseしたからと言って、顧客が従来の新聞に戻ってくると考えているとしたら、あまりに能天気だと思う。
世界で一番沢山の新聞を配達しているという成功者であるが故に、方向転換は難しいのだと思い、同情を覚える。

元半世紀の読者より

かばん変えてみました

昨日、ダイエーにいったら、よく行くかばん屋さんが閉店セールをしていたので、ついついかばんを衝動買い。

A4の書類とできればPCが入るぐらいで、あとは自分で立っていられるタイプのものを購入。色もシルバー?かな。
ただ、家に戻って比べてみると、今までのかばんよりも少し大きいくらい。
小さくコンパクトなものを買ったはずだけど、人間のイメージというのはあてにならない。

ただ、このかばんにする理由の一つとして、ショルダーにしないというのが大きい。
実際には、今回のかばんもショルダーにできるのだが、それはやらない方がよいくらい。(ストラップも細め)
五十肩でしばしばデスクワークにも影響するほど痛むのだが、その要因の一つが、通勤時のかばんによる右肩から胸にかけての圧迫と片方に偏ってかけることによる体のゆがみがあると考えている。
(体のゆがみと圧迫によって、血行が悪くなっているのが要因と)

ということで、手に持って下げる形のかばんにしてみたのですが、思ったより、ものの収納が難しめ。
チャックが2つあって、そこは細かく分かれているのだが、内部の収納用ポケットが少ない感じ。
意外と細かい文房具やケーブルなどを持ちあるいている上に、本を数冊常に持ち歩いているので、入れるところに苦慮したり。
両側には、携帯や本を入れるようにむき出しの雑誌が入るくらいのスペースがついているのだが、雨がふったらどうしよう…
持ち物を全部入れると妙に膨らんでかっこ悪いし、まっすぐ立ってくれない。

購入初日にして、悩んでいる私。

まあ、かばんは究極の文房具・お悩みグッズだから、これも贅沢な道楽・・・かな。

今年のゆずは収穫終了

家の庭にはゆずの木があります。
毎年沢山成るので、12月は収穫の月です。

ここ何年かは大量に採れるので、実家や近所に配り歩いてもまだ残る状態でした。
夏に開花するのですがその時期には蜂の羽音が室外機よりも大きな音を立てます。

ところが、昨年枝を結構切ってしまいました。
その結果木の力は変わらないのに、末端が減った形になって、一つ一つが大きく、数は少ない状態になりました。

というわけで、本日2回目の収穫ですが、これでほぼ採り終わりました。
今年は22日が冬至なので、少しだけおすそ分けができるでしょうか。

家の奥さんはゆずは今一だそうですが、香りも良いし、果汁もおいしいし、ビタミン一杯で、皮も食べられます。 これでこの冬を乗り切りたいと思います。
(なので、まだちょっとだけ樹に残してあります・・・ 本当は、採りにくいところにあるので、残っているのですが・・・)

松井の決断 ~ くたばれヤンキース? ~

どうやら、大リーグを楽しむためにはレッドソックスのファンになるのが一番らしい。
いつも楽しみにしている藤原大悟さんのHomePage http://go-redsox.com/ とかを見るたびにそう思う。
日本でも熱狂的といえば虎ファンだから、近いものがあるのかな・・・

そして、RedSoxの宿敵といえば、ヤンキース。

かつては悪の帝国、金で選手をかき集め、名物オーナーに振り回される恒例のお家騒動、それでも最後はチャンピオンになってしまう、可愛げのない球団。それがヤンキース・・・
イチローや佐々木でチャレンジした頃は、ニューヨークのマフィア然としてダックアウトに並んでいたトーリをはじめとした首脳陣。 リベラを始め、勝利を許さない厚い厚い壁。鉄の軍団。
だったのだが、松井が入ってから、実はあの強面トーリが実によく選手の話を聞いて尊重をする紳士で、3連覇を支えたジータ、ポサダ、リベラ、バーニーたちが選手としても人間としても素晴らしく、なんて魅力的なチームなんだろうと思ったものだ。

それで、しばらく忘れていた。(軽薄なもので・・・)

しかし、Aロッドが入ったぐらいからおかしくなった。いや、本来の姿に戻ったというべきか。

そして今回、松井が飛び出した。
クラッチであることも、ポストシーズンになるほど活躍することも、評価されず、辛抱強い打席を積み上げることで、チームに貢献したことも、松井が5番にいることでAロッドが打てているということも忘れて、松井は”いてもいいよ、でも後回し”という扱い。

まあ、放送は減ると思うが、これで安心して”くたばれヤンキース”といえるかな。

確かに守れないけれど、給料半分であっさり飛び出したのは、人生金ではないということだな。
(まあ、エンゼルスやマイク・ソーシアも今のところは嫌いなので、これがどう変わるのかな・・・)

日本の歩むべき道?

老舗のかばん屋が泥沼の相続争いをしているというニュースは知っていたが・・・

一澤信三郎帆布物語 (朝日新書)
菅 聖子
朝日新聞出版

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一枚の紙きれで家業を取り上げようとした長男と周囲と顧客の支えによって取り戻した三男の物語。
著者が三男の側に立っているという自覚のために、ドロドロの相続争いを期待すると肩すかしをくらう。 長男側の情報もないので、書かれていない事実も多くあると思われるので、ドキュメンタリーや事件そのものを知るには不十分。 むしろ、ものづくりにかける三男と亡くなった先代への応援歌である。

それにしても異様な事件だ。 結局は偽造と判定された第2の遺書によって、銀行員だった長男が家屋敷から会社まで取り上げる一方、三男には職員すべて、町内、取引先、顧客までがついていくといく形になり、逆転勝訴も勝ち取ったもの。

普通に考えれば、勝敗は明らかなのに、ここまでもつれてしまったということに問題の根っこがある。
長男は銀行界に長かったらしい。そこで、他人の相続にからむ色々を見てきたのだろうか。筆跡鑑定の危うさや一審の持つ重さを知るだけでもこの本を読む価値があるが、それを、長男は知っていたのだろう。
それにしても、長年かけて身に付けた知識と技術が、親の家業を揺るがし、悪魔に魂を売る所業であったとすれば、悲しいことだ。
そして、それがグローバルスタンダードというものであるとすれば、心して備えなければいけない。 悪人の手口を知って、悪事を行えなくすることが求められる世の中なのか・・・

一方、この本で示していることは、こだわりの仕事をすることの大切さ。
愛情を持ち、より高い品質で、顧客中心の製品を手間暇かけて作り、提供することが、顧客の支持を得て、結局最後には商売に勝っていくという教訓。
周囲に支えられて、長い時間軸でものを考え、信頼・信用を大切に、利益優先ではないビジネスのありかた。 これは、日本が持っていた美点であり、これからも持ち続けるべき生き方だ。
結局、値段の勝負に持ち込まないで、”本物”で勝負をする。そして、本物は簡単には作れないし、本物を作る力は日本にはあるのだから。

まあ、先代の人柄を含め、一澤帆布の歴史も記述されていて、”物語”としても面白い本です。

勝間に勝った? Kindleのことですが・・・

土曜日のバラエティに勝間和代が出ていた。
(それにしても、どこに行こうとしているのか・・・特異なタレントなのだろうが・・・)
そこで幾つか紹介していたものの一つがKindle。
電子書籍でこの中に何十冊も本が入るんですよと言ってました。

・むき出しのKindleでしたね。 私はカバー付き。
・書籍を転送するとか言ってました。今のはPCなくても使えますよ・・・

ってことは、International版が発売される前に、手に入れていたということか・・・ う~む、結局負けてるじゃない・・・何の競争だかわかりませんが。

世間一般では、私のこともあの類いの扱いをされているのかな。
みんな普通にPCを使う時代が来ているから、あの番組は文系の集会中にコテコテの理科系が入って会話している状態なんだろうと理解しましょう。
携帯とiPodとKindleにPCを駆使している私は、まあ普通の人だと思ってます。
もし違うところがあるとすれば、ジャンルの広さぐらいでしょう。
全く無駄に広いのですが・・・ Roman Clubといって Canape、Belladonna、Blue Team と出てくるのは、そんなに居ないと思うけど・・・

鉄道がやっと・・・

散々ぼろくそに言ってきた「鉄道」が299号に達し、次号で終了となった。
最初は100巻に見せかけて150か200ぐらいまで引っ張って儲けようという魂胆だったのだろうが、予想外に人気が出て色気が出て超拡大路線に軌道を修正したものの、内容混乱と急速な顧客離れによって急きょまた300号で終わらせるという方針に変わったのではないかな。 ナンバリングと項目の記述レベルの濃淡が混乱の極みで、さぞ管理担当は苦労したのではと思う。
結局、”鉄”向けに作ったはずの雑誌が無計画・ダイヤが乱れっぱなしの形でゴールを迎えることになった。 最近、首都圏のダイヤは予定通りの日が少ないくらいだから、時代相応ということかな。

長い連載は記事の信頼性を揺るがすことにもなってしまった。
メインに据えていた500系の新幹線も近く退役(まだ走っているだけよしとしよう)、銀河も富士もなくなってしまったし、下関の駅舎は焼けてしまった・・・
むしろ、記録としての価値が出てきているぞ・・・皮肉なことに。

まあ、世の中の変化が速いのでこういった百科事典的な出版は、もう時代おくれなんだな。 ウィキペディアのように、常時メンテナンスをしていく動的な仕組みをもっていないと、知の宝庫は成り立たない時代がきているのだな。

ということで、この記念碑的出版の完成を寿ぐものである。
だけど、もういいよ。 疲れた。

結局、3段のカラーボックスが、完全に鉄道で埋まっている。
捨てようかな・・・