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月別アーカイブ: 3月 2010

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信じていいのかな・・・経済学の本筋?

私は勝間和代が好きではありません。
そのかつま~の経済学でのブレーンと言われている人がこの人(らしい)

デフレと円高の何が「悪」か (光文社新書)
上念司
光文社

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こんなに薄い本なのに、経済学の本質について触れられます。

昔のお札の肖像に高橋是清がいました。(といっても、私は見たこともないのですが。)
今と違って、お札の肖像に選ばれる人は特別な人です。物心がついた時の思い出。
聖徳太子 → 日本を東アジアの枠組みで定義した人
伊藤博文 → 内閣制度を作り、日露戦争の勝利を内政から支えた本当の政治家
岩倉具視 → 胆力で明治維新を実現した傑物
板垣退助 → 明治維新の英雄にして自由民権運動の創始者
・・・

それらと同列に50円札の肖像に選ばれたのが高橋是清。
如何に、プロの間で評価が高かったのかという証明と思います。

そして、なぜ、高橋是清が優れていたのかと言えば、昭和初期のデフレを退治した事にある。
今、同じような政策を何故取れないのかというのが、本書のメインの主張と読んだ。

巷に流れる情報がいかに表面的なもので、それを情緒的にとらえて頓珍漢な学説を振り回している輩が多いのかというのも、主張としてあるかな。
とにかく、今まで知らなかった細かい情報とその見方が解説されている。(P.92のコアコアCPIのグラフは印象的です)

まず日本は継続してデフレが継続している。 デフレに良いことは何もない。 デフレを改善するためのマクロ的政策を日銀は採ろうとしていない。今こそ、高橋是清に学んでインフレ政策を取るべし。インフレ政策をとっても”ハイパーインフレ”になんぞ成るわけがないのだから・・・
御意。

私も、資本主義である以上1桁パーセントのインフレを持続するのが最適と考えているので、主張についてはおおむね賛成です。

それにしても、最後の最後に独学でこれだけの知見を手にしたという”告白”に一番衝撃をうけました。
日本のように”経歴”や“肩書”といったラベルが重要な社会でも、こういった”実力”や”能力”で評価される人がでてきたというのは素晴らしいことだと思う。
歴史をみても、乱世になると能力主義になるのが日本の良いところ、社会の回復力・強さだと思うので、今も乱世なんだなと思う次第。

いつリストラされて路頭に迷うかわからない時代背景を理解するのには良い一冊。
(名前はちょっと読みにくい・・・どこで切るのか3文字熟語?)

まあ、そうなんだろうね

サポティスタはほぼ毎日、開設当時からみている。 その編集人の岡田氏が作った本がこれです。

日本サッカーが世界で勝てない本当の理由 (マイコミ新書)
岡田 康宏
毎日コミュニケーションズ

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面白いですよ。
分析は適切だし、取りあげられているテーマも面白い。
ただ、基本、誰かの引用をまとめて作られているので、読後感がサポティスタとどこが違うの・・だった。

あと、結構アンチ中村俊輔で本田サポートなんだね~

まあ、反岡田監督で一貫していますね。

日本人による日本人のチームの限界→外人監督の待望論→岡田監督の限界論→岡田JAPANの心臓中村俊輔に対するバッシング→新星本田の称賛
という構図なのかな。 編集方針は、本人の意向だったのね。(PV稼ぎの偽りのポジションだと思っていたけれど)

そういった、傾向を折り込んで読めば、とてもよいサッカーの入門書だと思う。
特に、文化としてのサッカー、地方に根付き始めたチームの価値については、読んでいてなるほどと思わせる。

改めて、略歴をみたら、1976年生まれなんですね。
岡田監督に対する評価がどう違うかは、ドーハの悲劇を実体験した世代かどうかが大きいと思うのです。
Jリーグの創世記、BSで日本代表の試合を見始めた頃、岡田監督が解説者のことが多かったです。
そして、ドーハの悲劇の時、解説を忘れて滂沱の涙を流していた岡田さんの姿を私は忘れもしません。
その後のジョホールバルの歓喜や札幌をJ1に押し上げたチームマネージメント力やマリノスで2連覇を達成といった、最高の”多面的”実績を残していた岡田監督に対して、評価が低いなと思う次第です。

オランダの監督が知らなかった? いいじゃない、情報格差を知らない方が負けるわけだから。
前回、1勝1敗1分けという”現実的な”本音の目標を掲げてたたかれて、意固地になって掲げた”4位”という目くらまし目標に、みんな過剰に反応しすぎだね。
(多分、1次リーグを突破して決勝リーグの1回戦を勝ちあがるベスト8が掲げるなら妥当な”困難な”目標でしょうね。)

・・・ と結構関係ない話になっていますが、多角的にサッカーの置かれている状況を知る・考えるには良い本です。しかも新書なので780円(+税)で手にできて、帰りの電車のなかで読み切れる手軽い良い本です。 お勧め。

だめだこりゃ(一事が万事)

小さな記事だけど、

源純夏 立候補断念

公募して、選定したのに、前職が抵抗して無所属ででるという姿勢をしめしていて、公認がなかなか下りないので断念したということらしい。

どこの世の中に、空席ができていないのに公募をするという人事がありますか。
抵抗した現職がいるということは、この人では勝てないと執行部が判断したということだと思うけれど、指導力というか、統制がとれていない無政府状態だね。(平安末期、羅生門の世界が彷彿としますな。自民王朝の終焉はこういうところに出ている。)

まあ、自分の行動がどの程度結果に影響するか判断できないという点で、候補者というか政治家として失格な気もするので、執行部の判断は正しいのかなと、例によってうがって見てしまうが。
若くて知名度もあり(何しろ日本で一番速く泳いだ女性ですよ・・・)、この時期に自民党から出ようという”奇特な”候補を生かせないというのは、なんででしょうかね。 結局、みんな目線が近く、自分と自分の周囲の利害だけに目が行って、諸々のしがらみから、従来のやり方を踏襲するしかないということなのかな。
国会議員は政治家のトップなのだから、時流をみてすぐに切り替える柔軟さと、ドロドロの現実にまみれながらも揺るがない高い理念の双方がしっかりなければいけないと思うのだが、いかにも未熟にみえますな。

ただ、日本という社会が、組織的に政治家を誕生・育成する機能を喪失しているのではないかと思い、それが一番の問題だと思ってしまった。
まあ、徳川300年、武士による幕藩体制が崩壊した時も、富国強兵の軍政国家が敗戦とともに軍隊が解体された時も、全く別の系統が出てきて立ち直ってきた多様性に富んだ国だから、今度も大丈夫だと思うけれど・・・。
次が見えないというのは不安なものだ。

Twitterの使い方

自分の考え方の整理のためにまとめます。

あくまで私の場合ですが、

☆Twitterは2アカウントを持つ。
 → 1つは日本語、1つは英語

☆基本情報の収集用として使う
 →特に英語側は、主要ITベンダーのマーケティングアナウンスをアカウントをフォローして気になる記事をPCで確認するためのトリガーに使う。(電光掲示板でニュースが流れているのと同じ感覚)
 →日本語側は、自分の興味、趣味のエリアを登録しておく。
フォロー対象はその情報量に気をつける→多すぎると、それはノイズになる

☆自身のTweetはブログ未満の独り言
・Blogにするほどではない程度のコメントを記述するようにする
・英語のアカウントは英語Chatの気分で(あくまで語学トレーニングの一環?)
・Tweetする場合は、バーストモードにする(2-4件の異なるメッセージをTweetする)
 → Followerが出た場合に連続して私のアイコンが並ばないと認識されにくい
 → ただ小飼弾氏のように、一画面が総て埋め尽くされるほどの連続Tweetは逆効果。
 → 気分的に同じ内容をTweetするのはキツイ(テーマは変わった方が私には合っている)
 → ある程度バッチ処理が良い。常時チェック・発信をし始めると何のためにしているのかわからなくなってしまう
・今のところ、複雑な機能は使わない → 多くが相互交流やコミュニティ活動的な要素が多いので、当面必要ない
・フォローは礼儀とか考えず、気分と関心が優先
・Tweetするのは義務ではないので、気が向いたらがBest Timingと考えている
・140文字は日本語の場合、起承転結、2パラグラフ程度も書けるので、簡単な文章力の強化用途に最適。
(Twitterで記述する程度の内容を上司などにレポートするようにすると実は良いのかと思っている。)
・英文の場合は1テーマ 2センテンスが上限なので、基本”Shout”。

☆Tweetの入り口・見方
iGoogleに英語・日本語の異なるGadgetを登録してチェックは双方ともできるようにする。
(情報の確認が主目的なので、1つにまとめるのが良いから)
 → 実際には、Twitter Readerを日本語側、TwitterGadgetを英語側に使っている。
携帯からもアクセスできるように設定しておいて、どこそこNowレベルの入力は昼休みなどにそちらから実施する。
(携帯用のβ版を利用中 → 普通にVodafoneの後継携帯を使っているため・・・)
日本語と英語の場合、Tweetするには、Browserを分けて対応している。(英語はExplorer、日本語はFirefox→Opera)
KindleにもWebAccess機能があって、Keyboardもついているので、場合によってはこちらでTweetすることもあり。

☆ツィートメールの活用
毎日、チェックしたアカウントやキーワードで、誰がどんなことをつぶやいたかレポートしてくれるので、これを見るだけで十分の場合もある。
個人のメールアドレスに送信されるのだが、GmailのPOP機能を使って、それも読めるので、どこでも利用可能。

百物語の完了によせて(鉄道も少し)

百物語が50巻で終わりになった。(正確には世界百不思議)

タイトルから考えると道半ばにしての打ち切りということなのだろう。
まあ、行き詰っていたのだから仕方ない感じだ。
最初はストックを次々に展開しておどろおどろしい週刊誌の誕生で、私より嫁さんがハマっていた感じだった。
ただ、世の中に不思議はそんなにはないということの証明になっているのかも知れない。

ちょっと前までは、鉄道、古代文明、世界の美術館、百物語と木曜日に発刊される定期刊行物を購入していたのだが、これで、週刊誌の文春だけになったので、少しだけ、生活パターンが変わるみたいです。(今は、「そうなんだ」 と隔週のYokohamaWalkerが出る火曜日がメインの雑誌購入日かな)

それにしても、「ムー」はすごいと思う。私が学生の頃(いつの話だ・・・)から、超常現象系の雑誌として延々と発刊し続けているのだから、敬服する。
まあ、百物語の半分ぐらいのテーマをストックして、とっかえひっかえアレンジしていれば、一巡するころには別の読者を獲得というビジネスモデルなんだろうけど。
(前世紀はノストラダムスで食べれていた部分があったとは思うが)

そうやって考えると、普通の出版社の連載というのは50(つまり1年)が限界というなか、長期連載を辞さないディアゴスティーニは偉いのかも知れないと思い始めている。
(それにしても、「鉄道」は最低だったなと思うぞ。)

鉄道についても触れると、90年代から最近までの約20年というのが、鉄道の黄金時代だったのかもしれない。
昭和の遺産もあり、まだ色々のモデルが並立していて、豪華で豊かな鉄道の時代があったのだなと、今は思う。
寝台車も次々と廃止されて、新幹線も700系に統一されていく時代(500系まで廃止の憂き目)の今、鉄道マニアはどこに夢を見ようというのだろうか。
各社が特急車両に力をいれて、多くの名物が生まれていた時代は、やはりバブルだったのだと思う。
北陸などの廃止にあわせて撮り鉄が押し掛けるという光景も、他に行くべきところが無い悲劇の表れだと思うのだよ。

刊行中は、その体系の不備、ビジネスのやり方の汚さ、混乱、編集レベルの低さに辟易・嘲笑をして、止めることができない自分を卑下するネタでもあった「鉄道」 300巻も、今となっては一番幸せな時代の象徴のように思えてくるから不思議だ。

どうしているのかな コマキさん(横浜けもの道・・・)

定期的に買っている雑誌に横浜ウォーカーがある。

実は、創刊号からほとんどもれなく買っているので、保存しておけば結構な資料になったのかなと思う反面、これ以上資料を増やしてどうするという気もするので、まあ、基本捨てていて正解かなと思う。

そんな創刊号からスタートした企画に”横浜けもの道”という見開き2ページの連載があった。 編集者と作者がマイナーな裏道情報を取材してほんわかタッチのマンガにまとめていた。
最初は、これを目当てに買っていたほど好きだったのだが、段々連載が辛そうになって来たかなと思っていたら、とうとう打ち切りになってしまった。
最後の頃の数号分は切り抜きで残してあるが、結構マニアックで、脱力感のある記事が良かったので、とても残念だった。
その後、作者のホームページに連載分などが残っていたのだが、全部が載ることも、本が出版されることもなかった。
そして、作家活動も辞めてしまったようで、気がつくとホームページも無くなってしまった。

興味が嵩じて、既刊のコミックをネットで購入して、今も持っている。
まあ、コミックの方は飛び抜けては面白くはなかった(というか、この人と横浜けもの道の作者が同じとは思えないほど、絵が違っていた。)

今はどうしているんでしょうね。 とっても良い味の作風だったので、また気にいた作品を書いてほしいと思います。 藤谷コマキさん。
(編集長のナッちんは千葉の方で復活したみたいだし)

5年半の連載だったそうですが、月1回程度で同様の企画を再開できないものですかね・・・。

まあ、私のようなファンが少なかったのと題材が行き詰ったのが要因だろうから難しいとは思いますが。

気分転換を兼ねて、机周りの資料を整理するたびに、しまってある切り抜きが出てきて、そのたびに残念な気持ちが蘇ってくる。
私にとっては、ドリームランドと同じようなノスタルジーをかきたてられる作品です。

もう一度作品書いてください、藤谷コマキ様!

やはりドラッカーはすごいんだ

まず、この表紙がどうにかならないものか。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
岩崎 夏海
ダイヤモンド社

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ビジネス書(ドラッカーの本の読み方)としても、小説としても一級の本なのに、あまりに表紙が・・・
まあ、売り方というか、背景にAKB48があるので仕方ないところもあるとは思うが、正直違和感がありすぎる。
(どうせマンガ使うなら、ちばあきおのキャプテンとかの方がよいぞ、きっと・・・売れないか)

小説としては、話題になったディズニー本(最後のパレード)に近く、感動を安っぽく売っている感じがして、底が浅い。
しかし、まあ、たまにはひねりのないストレートも良いだろうと思う。(電車で読まなくて良かったぞ・・・ホント)
 
総てが予定調和に満ちていて、そんなにうまくいくはずはないと”ビジネス書”としては突っ込みもいれたくなる気もするが、そこは小説だからなんでもありでしょうということで、許されてしまう感じ。

その一方、小説としてのひねりのなさ、マンガ的なストーリー展開にも、ドラッカーのマネージメントをあるシチュエーションにあてはめたらどうなるかというシュミレーションの一つだから、小説はそのための方便だ、といわれてしまうかな。

まあ、どちらにもつかないコウモリのような立ち位置が、この作品については成功していると思う。(下手をするとどちらも中途半端になってしまいそうだけど)

そして、著者がいかにドラッカーのマネージメントにレスペクトしているかという、”熱”が全編を通じて伝わってくる。
”僕の大好きなドラッカーはこんなににすごいんだぞー”、”あんな風にも使える、こんな風にも使える”、”こんな状況も、難しい問題も、ほらここに答えが書いてある”・・・

今の自分の役割・ポジションにとっても、非常に参考になる・考えされられる課題や気付きが一杯だった。
(私の顧客は一体誰なんだろうか・・・)

とても読みやすく、”感動”を(少なくとも心を動かされる)体験ができて、マネージメントのポイントが簡潔にまとまっている良い本です。
それだけに、この表紙が・・・(^^;

自分を変えるための第一歩はここから

フォレストの新書シリーズは目立つ。 そして、手を出すのをためらわせるピンク。
ただ、実際には良書が多い。

今回の本は、その中でもとびきりの一冊。

「心のブレーキ」の外し方~仕事とプライベートに効く7つの心理セラピー~
石井 裕之
フォレスト出版

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この著者は、コールドリーディングで名前をうった、どちらかというと心理学を使って、どう人間関係で良いポジションをとるかといった”キワモノ”ビジネス書を書いているイメージがあった。
今回は、目を自分の内面、潜在意識にむけている。
潜在意識というと、よく、”願望は実現する”とか、”夢をノートに”といった、野望達成ノウハウ本があるが、それと同じ主張に見えてしまうかもしれない。
しかし、この本では、より”きちんと”原理を説明している点が類書と異なる。

本当はこういうことを言いたかった、こういう本を書きたかった、そのために今まで売れる本を書いてきた・・・というケースがあるが、この本もそうではなかと思ってしまった。(すでに、作戦にハマって洗脳されてしまったのかもしれないが・・・)

書いてあることは単純である。
・潜在意識は変化を嫌う → 現状維持が心地よい
・潜在意識は愚直である → 意識が忘れても答えを探し続ける
・潜在意識には今しかない → 過去も未来も変えられる(気の持ちよう)
・経験や知識は妨げにしかならない
・根拠のない自信が実は大切
と、ほとんどがパラドックスに思えてしまう主張だが、一つ一つ納得して、どうやって、とてつもない能力を持っている子供のような潜在意識を生かすかという気持ちになってしまう。
そのためのノウハウが沢山つまっている本です。

結構、根拠のない自信があると、身内には言われるが、私は正しかったのだ。 (^^)v

日本が折れた? 八幡宮の大銀杏が・・・

ショックである

毎年元旦に必ず詣でていた八幡宮の大銀杏が折れた。
報道の映像を見てもまだ信じられない。
静御前の舞殿をめぐって、長い長い石段を昇りつめて参拝。
考えてみれば、あの大銀杏を中心に一周するのが新年のはじまりだったのだな。

子供のころから、頼朝の鎌倉時代と現代をつなぐ象徴として慣れ親しんできた不動の柱、時代の生き証人だったものが、よもや折れるとは・・・

丁度、その時刻は65年前に東京大空襲があった3月10日、丑寅の刻ごろ。
これも何かの因縁か。

さらに、佐渡では同時刻ごろ、ニッポニアニッポン(とき)が(多分)テンに10羽が襲われた。(知らぬ間に120羽ぐらいに増えていたので、第一報ほどの衝撃ではなかったようだが・・・)

日本がユニークな国になったのは、鎌倉幕府の成立にはじまる公武による二重権力構造によるところが大きい。 政治の実権と権威・文化が分離、牽制することで、常にバランスと復元力を持ち、伝統の継続と革新・変革という相反することを実現して、極めて多様性をもつ社会を作り上げてきた。

その象徴である、鎌倉の、武家政治発祥のシンボルが、折れた。

太平記は北条氏の終わりを告げる天変地異の話から始まっているが、新たな太平記の時代がやってくるという警告なのかも知れない。