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月別アーカイブ: 10月 2010

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英語学習について

うちは外資系です。
みんなが思っているほど英語は必要ありません。
また、みんなが思っているほど英語がみんな出来るわけでもありません。

ただ、仕事によっては、電話会議なんかに参加することがあったりすると、本当に英語ができないというハンデを強く感じます。

それで、見栄ではありませんが、読みもしない英語の雑誌をとってみたり、KindleやiPadを大量の電子書籍であふれさせて、ところでいつ読むんだこれを という状況になります。(多分、買い物が代償行為になっているのだと思います。一種の過食症みたいなものかもしれない。)

当然、古今東西の英語学習本、ノウハウ本、単語集から文法書、気のきいた本であれば片っ端から購入して、積んどく本棚の肥やし状態。

そんな私が、最近いいなと思い始めているのが、音読です。

やはり、昔の人が言っている 素読百遍自ずと通る というのは本当らしく、少々怪しかろうが、声に出して本を読むのが一番みたい。

つらつらと考えますに、英語を学習する、使えるようになるというのは、頭の中に英語を使う自分を新たに育てるということに他ならないわけで、英語でものを考えない限り話すことなどそもそも出来るわけがない。
ところが、内向的、内省的な私は、実は内面的には相当なおしゃべりなのではと疑っている。
つまり、私の頭の中には饒舌ななんでもコメントしたがる、鍛え上げられた”日本語を操る”自分が居るわけで、いつまで経っても英語の回路が出来てこない。
英語で文章を組みたてようと頭の中に描いたイメージに英語をあてはめていく、というプロセスを経て、英文が出てくるはずですが、そこで英語を組み立てるまえに、情景の描写から、使用する単語にまで蘊蓄、コメントをしかねないおしゃべりな奴が住んでいるわけで、いつまでたっても英語力は鍛えられないということになります。(ちょっと走るとすぐ転んでしまう補助付き自転車みたいなものかな・・)

ところが、音読となると、目は英文を追い、耳は自分の怪しい英語を聞き、口は子音ばかりで攣りそうになりながら英語発音と格闘していて、更に優しい英文であれば、情景・状況を思い浮かべているわけで、初めて英語の世界で頭が支配されることになるわけです。極めて強力に日本語が頭の中からパージされる感じです。

また、素材を選べば正統派の英語文章のリズムに則って心地よく進められて、しかも文章が平易だったりするとわかって読んでいる感が自分を後押しするわけです。

似たもので映画を覚えましょうというのがありますが、あれよりも多分音読の方が自分にはあっている。
(のだめがぷりゴロタのアニメでフランス語を覚える設定になっている。私の知っている人はカサブランカで覚えたらしい)
そういえば、シュリーマンも音読方式で何ヶ国語も覚えたらしい。プラトンと話す自信があると言ったそうで、やはり、効果・効率は高いみたいだ。

どこまで、上達するかはわかりませぬが、音読が良いものだということが改めてわかった次第。
勿論、正しい発音やイントネーションを身につけるために、少し早目の正しい英語を聞き続けるというのも大切だと思うので、音読だけ というのではないですよ。
ただ、なんとなく、効率のよい正しいトレーニング方法がわかった気がするのです。

あとは、英語が使えるようになるだけさ・・・

すごいボリュームです

衝動買いの結果がポロポロ届いてきました。

まず、シューマン全集 25CDのボックス。
正直伊藤恵のシューマニアーナを全部揃えたので(初期Versionの笑えるジャケットもあります)、ピアノ曲は全部ダブりになる上に、数少ない交響曲なども全集を持っているので、演者での違いを確認することぐらいで、改めて伊藤恵の素晴らしさを再認識することになりました。 まあ、200年目のご祝儀ということで・・・。

続いてコルトーの7CD。
封筒のかたちで届いたので、1CDを間違えて注文したのかと焦ったが、7枚ぐらいでは今ではこんなもんなんだねぇ。
早速聞いてみると、まあ、へたくそ。(^^;
アルヘリッチとかと比べたらいかんのはわかるけれど、音階などのタッチのばらつき、各所でのミスタッチ、当時から指が回らないと先生にも叱られ続けて散々だったらしいから、そんなもんでしょ。
ただ、ダイナミックな演出は新鮮。 どのメロディーラインを強調するか、消すか、テンポのコントロールによる色彩豊かでピークを作り上げる手法は、面白い。 楽譜に正確であることが優先される、出来てしまう今の演奏家には期待できない演奏かなと思った。ただ、彼によってショパンが蘇ったとまで言われちゃうと、当時はどうなっていたのと思ってしまう。
それに、7CDあるけどショパンは1枚だけなのも、ちょっと残念。

そして昨日ついにグラモフォンの111年記念セット前半55CDが届いた。
まあ、それはそれはすごいボリュームです。
ただ、BOXとしてはシューマンの25CDとほぼ一緒なのは驚いた。
ベートーベンの最後のピアノソナタが作品111であることにちなんだグラモフォン創立111年記念リリースだそうで、しかも全部で111枚のCDからなる集大成だそうで、なんだかよくわけがわからないけれど、すごい。
付録でついてくる小冊子にグラモフォンの111年が10年単位で解説されていて、これが結構面白い。
19世紀から2度の大戦を超えて生き延びてきたレーベルの歴史が少し誇らしげに書かれている。
なにしろ、エジソンの蝋管ドラム式に対抗してディスクを作ったところからはじまるのだから、レコードとクラシックの歴史そのものなわけで、フルトヴェングラーやカラヤンが”新人”としてうちではこのときデビューしたんです、と書けてしまうすごさ。 リヒャルト・シュトラウスが自作を振っていたりするわけで。
ものは、CDのジャケットそのままの紙の袋にCDがナンバリングされて演者のABC順に入っています。
今、これを書きながらiTunesに取り込み中ですが、まだやっとDomingo & Giullini まで、10枚目に入るところ。今日中には終わらないだろうな~。
第2セットの56枚は11月に入ってから、既に予約済み。
当分、CDは買わないで済みそうかも・・・ ほんとかな?

北朝鮮 権力闘争の終わり

チリの落盤事故からの生還や中国ノーベル平和賞騒動やらでかき消されているが、北朝鮮では長きに渡った権力闘争が終結したようだ。
本当に金正日の三男であるのかはおいといて、金日成を彷彿とさせる新たな指導者が国際デビューを飾った。
時を同じくしてファンジョンオプが消された。象徴的な出来事だと思う。
ここ何年も、不可解な騒動を繰り返してきた北朝鮮だが、金正男の逮捕、強制送還から幕をあけた権力闘争も、収まるところに収まったようだ。

驚いたことに、軍事パレードを至近距離で海外メディアに公開したこと。
これは、普通の国への脱皮宣言でもあり、体制が安定したことの勝利宣言でもあると思う。
若い指導者ということで、結果的に自然と集団指導体制に移行して、中国型の普通の政治だけ独裁の国になっていくのだろう。

異常な鎖国状態も、情報のコントロール(しかも極端な立場からの矛盾した)も、熾烈な権力闘争を前提とすれば納得できなくもない。誰がどんな手段で外部をコントロールしようとするかわからない、しかも、誰が敵で誰が味方かわからない状況では、外から人を招くことは危険そのものだからねぇ。
主体思想の創始者や王族のプライベートを語るスポークスマンたる料理人 藤本某が国外亡命できるというのも、エージェントだったと考えるのがよさそうだ。
そして、旧体制・既定方針に挑んで、自らの子供を王権につけようと画策した在日の子女による宮廷クーデターは失敗に終わったのだな。中国の古典を見ている気がするのは私だけだろうか。

現代は、飛鳥・白鳳・奈良時代以来、朝鮮半島の政治状況に影響される時代だが、北朝鮮が新しい時代に入ったので、これから日本への影響も色々あるだろう。
しかし、安定によって工作が減りそうなのは良いことだな。

ただ、いずれまた、軍と党の対立など、すぐに命がけの闘争がはじまる体質があるので、つかの間の小休止の可能性が高い。
中国がこれからややこしくなくので、北朝鮮の安定は良い材料だと思いたい。

U-19 残念だったけど ~ 人の評価について

U-19が韓国に2-0からひっくり返されて敗退というボロボロの結果でワールドユースの出場権を失った。
それにしてもよくこれだけ評判の悪い指導者をここまで引っ張ったものだ。
前回、7連続で途切れた記録が繰り返されたことになる。
(え?岡田さんも評判悪かったって・・・ ^^;)

どうして、これだけ結果が出ていない指導者が続投することになったのか。
多分、表に見えない部分で優秀なのだと思う。
ある形や状況ではまると素晴らしい結果を出したり、理論は素晴らしかったり、過去の実績が輝かしかったり・・・でも、それは、負けてしまえばどうでもよいことなんだけど。

しかし、能力を評価するのは難しい。
どんなに知識があっても、いや経験があったとしても、やって見せなければ能力は分からないものだ。
特に、レベルが上がってくると、デジタルな評価(採点表)では評価できないと思う。

更に、指導者となると、多くの引き出しを持ち、刻々と変化する状況下でも適切な対策を打ち続ける能力が求められるが、そんなものを評価する採点表は作ることが無理だ。(しかも作った瞬間から劣化する)
結局、実際の結果で評価するしかないのだと思う。

そして、代表レベルであれば、結果で評価されるのが当たり前だと思うのだが、どうやら昭和の昔から評価して結果で迅速に判断することができないというのが、日本の構造的欠陥・病のようだな。
身内の論理・優しさが時にダメダメな組織を放置することになるんだなあと思う。

スローガンやムードとか空気とか、実態とは違ったところで判断が下りがち。派閥・情実人事も健在だったり。(まあ、これは日本だけではないけれど・・・)

昔、決まったパターンで夜襲をかけるという”奇襲”作戦を部隊が変われど繰り返したと言われる日本軍の末裔であるから、いつも決まったロングボール放り込み戦術でやられるというデジャブを繰り返すのも、らしいのかな・・・

分かっていても、相手に合わせてチームを作るのは良しとせず、自分たちが信ずるサッカーを究めれば無敵だという太平天国作戦だったのかな。(プレッシャーに負けない技術をという敗戦後のコメントがそれを思わせる。)

チームビルドも間違えている気もする。こんな年代なのに、不平不満・批判がボロボロ出てくる。
その要因がチームの和が大切だから、それを乱す奴は、ってありそうな話。
監督は偉いのだから、言うことを聞け・・から入ってないでしょうね。

そういえば、コンクールの場合、大会にむけて、2-3曲を半年も1年もかけて仕上げてきても、それはそれで好成績を残せると思うのだが、高校サッカーも似たものなのか?
そんなユース世代では優秀だった(過去形)アマチュア指導者にトップリーグで活躍しているメンバーを集めて短期間でチームを作って、戦略を教え込んで、結果を出せというのが酷なんだと思うぞ。
それに、市立船橋の監督だったという威光も、今の若手には効力がないだろうしね。(あ、ワッキーの先生って、ワッキー自体・・・以下自粛)

かなり前から問題だと言われていたのだけれど案の定だったわけで、誰か止められなかったのか というのも、昭和の日本軍と一緒。

こういった問題を防ぐには、コーチや監督を誰が選んだか責任者を明確にすることだね。
(責任者は当然結果責任を負う → 川淵さん あなたのことですよ・・・ ^^;)
ダメだったら首を飛ばすという仕事があるのだから。

指導者の評価は難しいので、結果で判断するのが一番という話でした。

衝動買い・・・だって円高だもの

2週間ぐらい前に、ついつい衝動買いで、CDを大量に購入してしまった。
まだ4ボックスのうち1つしか届いていないが、全部来たらどうするんだろうか。

まずは、コルトーの演奏をしっかり聞きたくて、探し始めたのが運のつき。
全集が幾つかでていて、三千円ぐらいのが売っていたので、これにしようと、したところまでは通常のお買いもの。

ところが、そこで目に飛び込んできたのが、シューマン生誕200年の特別版の全集。
今年は、ショパンの生誕200年で色々と盛り上がっていますが、シューマンも生年は一緒なんですよね。
伊藤恵のシューマニアをやっと揃え終わった私には冷静に考えると、ほとんどの楽曲が揃っているのですが、オーケストラ曲と歌曲も入ってくるので、まあ、これも、5000円ぐらいだから、買わないと名折れだよね・・・とこのあたりでブレーキが壊れたらしい。

次に目に飛び込んできたのが、グラモフォンのセット。111年の集大成、特別版。
第1期、第2期の合計で111枚になるという代物。
そのリストを見ているうち、段々、感覚がおかしくなった。
どれも素晴らしい楽曲に演奏家、歴史的名演の一覧。それに、意外にダブりが少ない。(でも冷静になれば1割でも10枚は不要となるのだが・・・)
しかも、合わせて23,000円しかしない。
どうして、買わないでいられようか。

で、この4つのCD-Boxのどれを止めるのか、諦めるのか、ということになるのだが、
ブレーキが壊れた状態というのは恐ろしいもので、結局全部買うことにしました。

全部が輸入版ということで、一応、海外で購入した場合もシュミレーションしてみたのだが、送料以前に価格のレベルで日本で買った方が安いという驚愕の事実も、サーキットブレーカーを壊した原因だろうね。

グラモフォンの第2集はまだ予約中なので、まだ手元にはシューマンの全集 CD25枚が来ているだけ。
それでも物理的にも結構のVolumeがあって、今日やっとCDをiTunesにロードが終わったところ。
発端のコルトーは7枚ですむらしいけど、グラモフォンは全部で111枚ということだから、どうするんだろうか。
1枚10分でも1110分ということは、約20時間 データロードだけでかかる計算。
演奏を全部聞き終わるのはいつになることやら。
幸せな悩みかも知れませんが。

月日の経つのが早くて・・・

いろいろ、手を出して疲れているうちに、Blogに投稿する気力までなくなってしまった。
いつ以来だろうか・・・

今年は、いろんなことがありすぎ。
今日、買い物に行ったら、来年のカレンダーやら、年賀状作成素材集とかが売っていたので、軽いショックをうけてしまった。
会社的にはQ4に入ったということは、あと3カ月を切ったということですな。
例年師走は年々せわしくなるので、無いのと一緒だから、実質あと2カ月だね~。

少し早いけど、今年を思い出してみないと。

結構ショックだったのが、鶴岡八幡宮の大銀杏が折れたこと。
まだ、怖くて参拝出来ていないうちに、秋が来てしまった。

夏は滅茶苦茶暑かった。 それを予想していたわけではないが、クーラーを6月中に新しいのに替えたのが大あたり。実家も7月の中旬頃にクーラーを買おうかと相談されたので、今買っても2週間は待たされるし、シーズンのはじまりぐらいが安いから、どうだろうかと、意見をしたおかげで危うく両親を熱中症で殺すとこだった。(実際には、燃費の悪い旧型のクーラーがあるので、それを使ったらしく、元気です。)

例年は早くから計画して夏休みを取るのですが、今年は上海万博もあるし、海外だ!と一人盛り上がっていたが、パスポートを取るのが面倒とか、犬の面倒をみないとと反対されて、結局、それでも諏訪と白樺湖に行きました。 春日大社、出雲大社ときて今年は諏訪大社だったので、来年はどこかな?

仕事はますますルーチン化が進んで、負担が増大の一途で、疲れてきていますな。これから一山ありますが。

Kindleに読まない英語本を購入したり、iPadにどんどんアプリをいれたり、Twitterも最近は読むだけ(流して)・・・ どうも、何がしたいのか、分からないでもがいている感じもあって、疲労感がでてきたのか、単に年齢なのか。

そういえば、本のDB化を進めている一方で、読み終わった本の廃棄が着々と進行中で、せっかく作ったデータベースの意味が無かったり。(まあ、もう一回チェックして捨てたフラグを付けるだけだけど、もう手提げ袋3回分、リサイクル文庫に提供したからな~)

本当は、こういった内容はTwitter数回で十分なんだろうけど、まあ、たまには、こういう風にとっ散らかってもよいかなと。そうでもしないと、Blogを書くネタも無くなってしまうし。

もう一度、方針を整理しなおしが必要かな。

そういえば、最近、ネットでのトレーニングがプチマイブームになりつつあり、そこで、滅茶苦茶でもよいのでノートをとるというのが有効ということを発見した。

ネットのトレーニングは、元の資料はあるし、どんどん流れていくので、どうしても”聞いてるだけ”になりがちだけど、何も残らない。
その一方で、授業形式のノートを取ろうとすると、そりゃあ無理だ。
それで、中々勉強が進まんで頭を抱えていたが、少し良い方法を見つけた。
それは、とにかく手書きのノートをとる という方法。
→ 読み返すことを想定しないで、とにかくメモする
→ 途中でわいてくるアイデアを右側にキーワードでこちらもメモする(色を変えても良い)
→ 受講後、ノート(メモ?) を見返して、やることや疑問点を抜きだして、Evernoteに次々に記述していく
→ 個々の疑問点は解決されたら、Evernoteの該当項目に追記しておく
→ やるべきことはリストアップして、Action Planにして管理する

というのがよさそう。

結局、この歳になると、今から知識を吸収したり新しい技術を習得するというのは、あまり効率がよくはないので、ノートを作る過程で、アイデアや次の手を生みだすことが付加価値になるのかなと、思う。
その刺激策として、Evernoteを使ってみようかなと・・・
#ということで、Evernoteもアカウントだけあったけど、今月から使い始めています

色々試行錯誤しているうちに、あれもこれも食い散らかし状態 というのが、今の私ですが、こればっかりぁ直らないと思って、考えないことにしよう。