ホーム » 2004 » 9月

月別アーカイブ: 9月 2004

ジャンル

人材育成って?

人材育成が今ちょっとしたブームです。
弊社も人材育成をテーマに無料セミナーを実施すると、あっという間に満席になります。
(いつもはボチボチなんですけどね)
それだけ、人材に関心がいっていると同時に、なかなか人が育たないということの裏返しなんでしょう。

不況になると、人を増やすことができないので、何とか今居る戦力で生産性をあげようということでしょうか。でも、簡単に人が育つなら苦労しませんよね。(ちょっとしたガーデニングだって、育てるの大変なのに・・・もっぱら私は枯らしていますが (^^;;;)

人間って、自由意志の塊じゃないですか。表面では同じような応答をしている面々も、実際何を考えているか、自分の胸に手を当てるまでもなく、分かったものではありません。
そのばらばらで個性に富んでいる人間を人材として育てるなんて、まず無理だと思ってしまいます。
結局、育てるのではなく、育つのですね。 
如何に、育つきっかけと環境を与えてやるかが、人材育成の肝だと思います。(その意味で、人材は植物と一緒かも知れない)

話が飛びますが、今年は日露戦争100年です。世界史上のターニングポイントになった戦争で、色々の分析や報告が出てきています。このあいだは、NHKでロシア側から見た日露戦争の特集をやってました。(なんのために戦争をしているのか分からないまま死んでいったロシア兵。 皇国の興廃この一戦にありと、一般庶民まで一丸となって取り組んでいた日本。モチベーションの持つ意味を理解するにもよい教材です)
日露戦争は、極東の小国が、世界最大の陸軍国と正面から戦って勝ってしまった奇跡の戦争ではありますが、色々とエピソードなどを集めていくと、実に戦争を指導した明治の上層部には、人材が綺羅星のごとくにいたことが分かります。(司馬遼太郎の坂の上の雲とか)
さらに、そのルーツを手繰っていくと、小さな「あずまや」に行き着きます。
松下村塾。吉田松陰です。

伊藤博文をはじめとした明治の元勲は、松下村塾での薫陶を受けて、維新に奔走し、幕府を倒し、新政府をつくり・・・といった混乱の中で運よく生き延びた人たちです。

ところが、じゃあ、松下村塾って、長期に渡って育成をしたのかというと、そんなことはないんですね。みんな、ほんの数ヶ月。吉田松陰の薫陶を受けて、灯った心の火を灯し続けて、世界史的な偉業を成し遂げたんですね。

同じような事例は、ソクラテスとプラトン、イエスと弟子たちにも見られますが、どれもみなドラマチックな、師の最後という真実の瞬間に立ち会った人が、大きく変容を遂げています。

でも、そうなると、人材を育成するために師はその命を捨てねばならぬことになってしまいます。
(その覚悟がありますか? 何のために? あなたの命をかける義とは?・・・ ^^;;;)

話を元に戻して、人材の育成ですが、私は、松下村塾でどのような教育(やりとり)が行われていたかに非常に興味があります。(タイムマシンが使えたら見てみたい場所のひとつです)

ある程度わかっていることとしては、
・非常にスケールも大きく、熱い人であった(日本のためには、海外の事情を知らないと思いつめ、密航をしようとして捕まって、当時は罪人の身)
・わけへだてがなく、誰とでも本気で論議をした(師弟という関係より、一人の人間として遇する)
・人の素質を見抜く力があり、その人に合わせた指導をした(伊藤博文には斡旋の才があるなど)
・最新の情報に富み理論もしっかりとしていた(11歳で藩主に山鹿流兵学師範として講義、また漢籍を通じてアヘン戦争など西洋事情にも精通)
・書物の知識より実践を重視。

まあ、最高の人材が、生徒の目線に立って、個別指導を熱く行ったわけですから、人が育つのは当たり前といえば当たり前ですが、これを今の企業での人材育成に当てはめてみるとどうなりますか?
第一線のエースを若手の育成に投入する形になるでしょうか。
とても、OKを出す企業は少なそうですね。(君が働くと3ヶ月で1億売り上げるけど、ちょっと海のものとも山のものともわからない今年の新人の教育に3ヶ月専念してくれない・・・ ^^;)

それに、人材の育成は”人材”でなければできないという、とてもつまらない話になってしまいそうです。
(人材が育たないとお嘆きのあなた、とんびは鷹を生まない・・・とは、口が裂けても言えない)

ただ、人間にはきっかけさえあればどこまでも育っていく可能性を皆が秘めているということと、
それを引き出すには、育てる側に相応の覚悟が無いと駄目だということです。
(それでも、人は自発的に”育つ”のであり、”育てる”のは難しいのですが)

魔法の杖があって、暇な人に時間をたっぷり与えて、育成・育成と唱えていれば人が育ってくるということはないことだけは確かです。
(あいつに仕事をやらせるとトラブルばっかりだから、教育でもやらせておこうか・・・ ^^;;;)

成果主義について

「内側から見た富士通」という成果主義失敗暴露本がベストセラーになっています。
出てすぐに、業界では話題になっていた(というより本が出る前から富士通さんの惨状は話題になっていたけど)、それにしてもびっくりです。(書店に平積みになっている緑の本を見たときには、何が起きたかと思った)

あれを見ると、成果主義といっても、実態は曖昧な結果主義だったようですね。
結果主義というのは良い結果を出した人にはより多くの報酬を与えようという、とても判りやすい理屈だけが前面にでて、誰も反対がしにくく、しかも、給料カットやポスト削減、人員整理に好都合のとても恐ろしいシステムです。より多く刈り取った者勝ちで、数年先には荒廃した職場と顧客(ですらない敵対者)を残します。みんな、地道に種をまいて、水をやって芽の出るのをまっているなんて悠長なことはしません。(さらに、他人の果実を掠め取る者が横行します)
社員は(下手をすると顧客も)運命共同体で、お互い助け合っていかなければ、良い仕事はできないのですが、結果だけに執着すると、この共同体がばらばらになります。

なぜ西欧で成果主義が機能しているかというと、最初に職務が定義されて、期待されるアウトプットが明確で、その契約に基づいて勤労して、成果の達成度に応じて報酬が決まるシステムだからです。
当然、揃って4月に入社して、初任給がすべて一緒なんてことは起きません。年齢も関係なく、期待される成果に対して、契約をするので、新人でも高額の報酬を得る人間もでます。(当然、成果が期待できることを証明しないと採用されない訳ですが)
最初にゴールが決まっていて、それに双方が合意(契約)しているからあとで揉めないんですね。
それでも、自分の範囲の仕事しかしない、極めて不効率だと非難されてきたのです。

それに、少数のエリートがその他大勢を引っ張っていくシステムが特にアメリカで発達しています。
(日本人の兵隊、ドイツ人の将校、アメリカ人の将軍で軍隊を作れば無敵といわれます。)
徹底的な競争とエリート教育のシステムができているアメリカでは、成果主義は機能します。
(その代わり、誰でも仕事ができるように、マニュアル化が徹底されます。)

ところで、日本では、非常に優秀な現場の上に無能(になってしまった)上層部が乗っている組織ですから、なんとなく漠然とした目標があって、一生懸命努力したら(努力は報われるという信仰集団でもあります)みんなの力で、できなかったことも達成してしまった、というのが日本です。(だから、プロジェクトX なんですね。英雄物語より)
こんな、”がんばろう”風土に、成果主義という名の結果主義を導入したら、どういうことになるかは、富士通さんの例を待ちませんね。(でも、その当時は誰もわからなかったのでしょうね。わかる・気付くというのは難しいものです。)

運用上の問題でいうと、結構、上司が部下のことを把握していない企業って多いと思います。
そんな上司が査定をするわけですから、うまくいくはずがありません。
マネージャの皆さんは数字に追われてとても忙しいので、部下がどんな仕事ぶりか、気にする暇はないんですね、きっと。

その結果、成果主義というと、人事制度をいじって会社を潰しかねない、とんでもないものだというイメージが定着していると思います。(虚妄の成果主義という本もありましたね)
本当は違うのですが、簡単に導入できる代物でもないですね。

最近ITSSや人材育成のコンサルをやっている関係で、このあたりの勉強をずっとしているのですが、そこでわかったことは、「大切なことは見えない」ということではないかと思います。
よく数値化したがる人が多いのですが、簡単に数値化できることは本質的ではありません。
売り上げとその売り上げを立てるための行動や思考、戦略のどちらが大切だと思います?
重要なのは金の卵を産む鶏で、毎日生まれる金の卵ではないのです。
でも、どうやって卵が金に変わるのかは、よくわからないのです。
それでも無理にわかろうとすると、鶏(企業)は死んでしまいます。
(その見えないものを見せようとしているのがうちのスキル診断なのですが、宣伝はこのくらいで)

結局、マネージメント層の問題なんですね。
お前の仕事はこれこれだと明確に胸を張って言えるマネージャが沢山育っていないと、成果主義はうまくいかないですね。ところが、今のマネージャ層は、右肩上がり、年功序列によって現在の地位まで昇ってきたジェネラリストがほとんどですから、無理ですね。
俺の背中をみてみろ・・・背広がよれよれ・・・

そうそう、会社を伸ばそうというなら、中堅社員の再教育に投資をするのが、一番良いと私は思いますよ。そんなに人数も多くはないでしょうし、本人たちが思っているほど、現場を離れても業務が停止するということはありませんから。(それが分かるのが怖くて離れられない・・・困った)
ただ、年とともに新しいことの学習能力は低下しますので(ドキ)、全くの無駄に終わる危険性もありますが。

長くなりましたが、読んでくれた方ありがとうございました。

仲人について

今日は色々インパクトのある記事がいっぱいありましたが、
首都圏では仲人が1%というのにはビックリです。

確かに、仲人を立てて結婚式をあげるというのは結構大変で面倒です。
私も6年前に仲人を立てて結婚をしましたが、そのときも、会社の上司には頼みたくないなと思いましたし、結局親戚を仲人に立てました。(実際に、私がリストラされて、上司は今ではお客様になっていますが)
だからといって、1%というのは、仲人を立てる婚姻形態が絶滅したといって過言ではないです。

私の場合、母親の兄弟が10人居たということもあって、どうしても親族だけでもものすごい数になる上に、私も嫁も横浜出身なのですが、その親戚は田舎から大挙して押しかけてくる状況だったので、仲人を立てない結婚式というのは、想定外だったのです。
まあ、私自身、結婚式は、本人たちより、親族のため+嫁さんのため(晴れ舞台)という意識だったので、いかに皆が納得する盛大な式にできるかということに関心があったわけで、仲人というか、媒酌人を立てない結婚式って、想像もできませんでした。
その後も一応、仲人としてお願いした以上、お歳暮やお中元をいつまで届けるかとか、悩んだりしました。(SE稼業が長く、そういった人間関係はとても苦手な私)
だから、仲人を立てなければ、とても楽だったというのは良くわかります。

特に会社の上司にお願いしにくいというのも良くわかります。(上司だって、休み潰して大変な思いをしたくないというのもわかるし、そもそも式に会社の人間を呼ぶのだって躊躇しますよね、今となっては)

でも、自分や相手(嫁)を取り巻く家や社会から認知されるための神聖な儀式という側面が結婚式にはあると思うので、とても大切な無駄だと思います。
ただでさえ、人間関係が希薄になっている現代社会で、昔の人の知恵が、ただ面倒だからという理由でなくなっていくのはとてもさみしいことだと思います。(色々しがらみのある状態で結婚式をあげたら、簡単に別れますとはいえないですよね。ならぬ堪忍するが堪忍ではないですが、結婚って、するまでは、両目を開いてよく相手を見て、結婚後は片目でみるのが良いとも言いますし、元々難しいんです)

また、大昔は村の一員という形で共同体に参加していた個人が、戦後(この言葉も死語ですか)企業という共同体に移行して守られていた社会に対する一体感といったものが、急速に失われつつあり、その代替があるのだろうかと不安になります。

いつの世でも、大きな混乱の時に、新しい社会組織が生まれてきました。(武士の台頭とか)
今も、その時期なのかなとも思います。
ただ、そういった時に、新しい未来はなかなか見えず、古い人間は、旧来の秩序が崩壊することだけは理解できるという状況に陥ります。
うちのたける君(うちの長男の名前です)が大きくなる頃には違った社会になり、我が子はそれにたくましく適応できていることを祈るばかりです。

ちょっと大げさかも知れませんが、今日は社会ネタということで・・・

エイゴの悩み

今日はエイゴの悩みです。
とは言っても、外資系で英語が話せないので苦労したという話ではありません。(それもあるけど)
A5の悩みです。

毎日のメモから、アイデアをまとめたり、スケジュール管理といった、日常の情報の取扱いは、かなりの部分はPCで出来る様にはなりました。
しかし、どこでも使えて、ある程度の大きさが必要となるとが一番です。
ところが、大きさに色々のサイズがあり、どれも帯に短したすきに長しです。

まず、一般の書類はA4に統一されています。ので、A4にすれば良いのですが、
大きすぎる上に、なかなかバインダなどの文房具が入手が困難です。

次に、ノートといえばルーズリーフに代表されるB5ですが、これはA4の資料との相性が悪いので却下。(コストパフォーマンスは最高ですが)

一時期バイブルサイズにしていたのですが、これは小さくてメモやノートとしては使えず、かといって、スケジュール管理用には大きすぎで、これも却下。(どうしてもまんまるに膨れるのも、ちょっとマイナス)

結局、A4の半分のサイズということで、A5に今は統一しています。
少し高いですが、システム手帳用に色々のリーフも出ていますし。

ところが、A5のシステム手帳は6穴なのですが、普通の2穴パンチであけると、穴の位置が全くあいません。
整理・保管するためにはバインダにファイルするのですが、そこでは2穴が基本で、新たに穴を開けることになりますが、位置がずれているので、穴と穴の間が辛うじて残る状態で、見た目も悲惨です。
どうしてこんなに規格が違っているのでしょう。
きっと生まれが違う規格がA5の地であいまみえて歩み寄るにはあまりの違いに愕然としたというところですか。

綴じてあるノートを使えば悩まないのでしょうが、学生のころからランダムに配置を変えられる、厚さもまとめ方も自由で、駄目ならページごと捨てられるリーフ方式をこよなく愛用しているので、今更止める気はありません。

ただ、最近、A5は所詮A4の半分であり、何らかのメモを作るときもA5では小さすぎる場合が多いので、A4に宗旨替えをしようかなと思い始めています。
30穴のバインダも良く見かけるようになったし、色々のリーフ(たとえば、地図とか、電話帳とか)は実際あまり使わないし、本当に欲しいリーフは自分でレイアウトしてプリンターで出してしまえばよいと思い始めています。
まあ、A4に2分割で出して、カッターや鋏でチョキチョキして、A5用の穴をあけて使うというのも楽しい作業なので、それを捨てるのも勿体ないとは思いますが。

これでまた、使われなくなった文房具の残骸が増えていくのかと思うと・・・・

ITSSについて

ITSSというのが、流行っております。
今は、人材育成をコンサルティングの柱にしている関係で、ITSSについて少し調べています。
はっきり言って、問題山積です。

今まで、IT業界は何人月という”通貨”が広く流通してきました。
円ドルやユーロなど、為替の様に、力の強い(価値の高いサービスを提供できる?)企業は、高い単価を請求できるのですが、あくまで、すべて人月のレートが違うというだけです。
一応、新人とベテランは基準価格が変えたりもしますが、これとても、経験何年、年齢何歳以上なのでAレベル、といったあやふやなもので、勢い、優秀なエンジニア1名にそうでもないのが数名セットで販売というのが、通り相場になります。(一応チームという名の下に)

人月システムは、優秀なエンジニアは腐る、客ははずれを掴ませられる、SI側は売値を上げられないという、みんなが不幸になるシステムです。しかも、どれだけ働いたかが、時間で測定されるので、生産性を上げると単価を切り下げられるという、とてもとても後ろ向きの”素晴らしい”システムです。でも、見積もりも簡単でチェックも簡単、それに、今まではなんだかんだ言って、会社を信じて頑張ってきた優秀なエンジニアが沢山いたので、人月システムは上手くいっていたのですね。ただ、会社が平気でリストラする時代には、各エンジニアは売れるスキルの獲得に走り、機会を見て逃げ出しますので、スキル空洞化の危険性が高まっています。

そこに、IT技術者のスキルを測って、レベル付けをする標準を国(経産省)が制定するというわけで、特に人月単価を少しでも上げたいSI企業が食いついている状況です。
また、スキル獲得を旗頭に、教育産業が飛びついています。

ただ、ITSSは非常に細かく職種と専門分野があり、細かくレベル分けもされているので(11職種38専門分野7レベル)実際に活用するには細かすぎますし、それでいて完全では無く(細かすぎる故に抜けがでる)、レベル分けも曖昧(厳格にしようとして数値化に走り、むしろ無意味な指標になっている)で、とても使いにくくなっています。

また、いろんな業界・団体がIT業界にある問題を解決するためにITSSに期待・要求することが多すぎて、なんだかよくわからないものになっていると思います。(IT業界の悩みを一手に解決する魔法の杖状態)
オフショアに流れる仕事に対する防波堤の役割をITSSが担っているという話を聞いた時は流石に目が点になりました・・・

私的には、適正見積作成のガイドぐらいが適当だと思います。
家を建てるときとか、柱は素材が何で、1mあたり幾らだから・・・といった具合に、見積根拠を示して積み上げて行って総額何千万円とかやるじゃないですか。(当然、作業費も積み上げられて)
それに徹すれば良いと思うのです。
プロジェクトやシステムを完成するには、これこれの作業が必要で、その各々には、これこれのレベルの技術と作業を提供するので、総額幾らという具合です。

それが、今の流れは、だれそれはどの分野のレベルなんちゃらだから、という具合で人の方に重点が行っているから、そのレベルは誰が認定するのかとか、そんな技術項目では足らないのでは、と話がどんどん発散しているように感じます。
レベル認定なんか必要ないんです。サービスを提供する会社が責任を持って実現すればよい話で、レベル認定された人をアサインすれば上手くいくという発想はちと違うのではと思います。(資格を取るために勉強ばっかりしている暇な人にろくな仕事ができるわけが無い・・・というのはうがちすぎですか?)

既に細かくなりすぎているので、内容を説明するだけで飯の種になるのではと秘かに考えている私でした。(^^;

コンサルタントという職業

私、ITイノベーションというコンサルティング会社に勤めています。
昨年までHewlett PackardというコンピュータメーカでSEをやっていたのですが、諸般の事情で(一言で言えばリストラなんですが、色々な話があって、説明すると長くなるのでいずれまた)退職し現在の会社にお世話になっています。

腕に自信もあるし、テクニカルコンサルもしていたので、通勤時間が短くなるぐらいかなと考えていました。

ところが、実際に始めてみると、コンサルティングとコンサルタントの仕事の間には、大きなギャップ(乗り越えないといけない壁)があることが判ってきました。

うちが小さいということもあるのでしょうが、まず仕事を取ってくること、仕事を作ることが求められます。
今までは営業的なマインドを持ったSEとして、顧客うけの良さで営業さんから重宝されていたのですが、
今は営業もして、顧客をつかみ、注文書に判子を押させないといけません。これが大変。
なにが大変って、どこにお客がいるのか、どうやって売り込むのかを自分で工夫しなければいけないのです。
まさか、駅前でチラシを配って、安いコンサル販売中、格安物件、このサービスがこのお値段で・・とは行かないですものね。

勢い、前の会社の連中に挨拶かたがた、現況報告を兼ねて訪問、紹介をお願いするのですが、これがなかなか。
昔のツテも、出したメールは返ってこない。でも偶然会ったりすると、内容は読んでいるんですね。
返事を出すということは、そこにビジネス関係が生じる訳で、気安く回答はできないんだなと納得してはいますが。
でも、営業さんて元々、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、断られてからが本当の営業の始まりというくらいですから、
このくらいでメゲていてはいかんのでしょうが・・・営業さんて偉いのね・・・

仕事の内容も、結局コンサルタント=教育者 なんですね。
どんな難問も解決してみせます・・・では商売にはなりません。(本当のスーパーマンなら別ですが) 
いつかは(すぐに)居なくなってしまうのがコンサルタント。実際に作業をするのは、依頼者。
そこに残していくノウハウにお金を頂くわけで、言って見れば、自分でできるようにしてあげるのが仕事になります。
手を動かす作業者として雇われることもありますが、理想的には、優秀なトレーナーであることが望まれます。

大概は、経験に基づき、色々のアドバイスや、成果物を作って、それで検収となるのですが、経験の引き出しは限られていますし、相手の方が一般的には最前線のエンジニアだったりするので、薀蓄を語って嘲笑を買う危険性を常に孕みます。
で、理想的には、顧客にコツをつかんでもらって、自分でポイントに気付くようになれば、最高です。
私はまだまだ駆け出しですが、いずれは、わざと転んで見せたり、落とし穴を作って落ちるのをじっと待ったり(実際に痛い目にあわないと身につかないことが多いですので)といった腹芸ができるようになると最高だとは思います。(実は、動物占いだと、私は”たぬき”らしいので、可能性はあるかと)

また、なんといっても一番の商品は私自身です。
この私を信用して、この私を幾ら幾らで買ってくださいというのが、商売の本質です。
何ができるといったサービス内容が大切なのは当然ですが、それ以上に、経験、人格や魅力といったものが大切で、
日々、今までの人生を省みては棚卸ししている状態です。
どちらかというと、控えめで、正確さと知識の深さで勝負していたSE時代とは、ものの見方、考え方が全く違います。
まあ、大きなコンサルティングファームで活躍されているコンサルタントさんはまた違った職業観があると思いますが。(いわゆるアップ・オア・アウトの世界ですね)

なかなかシフトチェンジには時間がかかっていますが、ボチボチ一人前のコンサルタントとして評価されるように、日々努力していきたいと思います。